魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 両名の名前を聞いた後、娘は自らの家名を名乗らず名前だけを口にした。そして彼女は目を眠たそうに瞬かせながら、こわごわとディクリドに尋ねかける。

「不躾ですが、もうひとつだけ……お伺いしてもよろしいでしょうか」
「申せ」
「……私は、この先、どのようにして生きていけばよいのでしょうか……」

 弱々しい声ながらも、そこには切実な響きがあった。
 想像でしかないが、おそらくこのサンジュという娘はこれまでずっと、親の言いなりに教育を受け、ひたすら魔導具とやらを作らされてきたのだ。その過酷さは、ベッドから覗く手に幾つも走る歪な傷痕やあかぎれ、欠けた爪、染みついた油汚れなどから十分に察せられる。

 それを思うと、ほんのわずかでも娘の心に希望を与えてやりたいと感じ、ディクリドは娘の手を両手で包む。

「なにをしてもいいのだ。誰かを貶めたり傷つけたりするようなことでなければなんでもいい。毎日ちゃんと食事を取り、身の回りのことをこなしながらゆっくりと体と心を休めよ。もしお前が働きたいと思うのならば、いずれ仕事も与えてやる。だから今はゆっくり心と体を労わるのだ。それだけでよい」
「それだけで……」
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