魔導具店『辺境伯の御用達』 ーThe margrave's purveyorー(ザ・マーグレーヴス・パーベヤー)
 震えていた娘の手が、ディクリドの手の中でゆっくりと力を失くす。同時に、彼女の瞼が下がり、完全に閉じてしまった。
 どうやら、再び眠ってしまったようだ。
 ディクリドの後ろでその姿を見守っていたフィトロが苦々しく口走った。

「安心してくれたようでよかったですね。僕たちが、あの場に居合わすことが出来て本当によかった」
「ああ……。ままならんものだな、ただ生きるだけのことが」

 ディクリドは、包んでいた彼女の手をゆっくりと寝台に戻すと、額にかかる柔らかい赤毛を軽く指で避けてやる。
 この世の中で、誰もが生まれ方を選べない。偶然に幸せな家庭に生まれるものもいれば、己の力で道を切り拓いてゆく者もいる。その一方で、どう足搔いても変えようのない境遇に苦しむ者が多いのも、また事実なのだ。

 そしてその苦しみは、外から見ているだけでは理解できない。奇跡を待つか、あるいは誰かが手を差し伸べてくれるのを待つしかない者が、きっとこの世にはたくさん隠れているのだろう。

 ならばせめて、自分を頼って来てくれた者くらいには手を差し伸べたい。たとえそれが世の中に数多あるうちの、砂粒のように儚く小さな命であろうと、自分が生きていることの意味を感じ、立派に胸を張って限りある生を過ごし切って欲しい。
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