ショパンの指先
洵に拒絶されてから、私は何もする気が起きなくなった。絵を描く気力も起きない。食べる気力も起きない。ただボーっとベッドの中にいるか、ネットや携帯をいじって暇な時間を弄んでいるだけだった。

 有村から仕事の依頼が来ても無視した。すると、携帯に驚くような件数の着信がきて、私は恐ろしくなった。有村が来るかもしれないと思って、有り金全部と、服をバッグに詰め込んで家出をするように家から出て行った。電車に乗り、適当な駅で降りて駅近くのビジネスホテルにしばらく泊まることにした。

 はっきりいって、何の計画もない。これからどうしようとか、どうなるとか考えもせずに行動した。仕事をするのが嫌だったから。洵以外の男に触れられるのが嫌だったから、だから逃げてきた。これからのことは、これから考えればいい。

 電源を入れられない携帯は必要ないなと思って、思い切って捨てた。洵から連絡が来るかもしれなければ話は別だが、洵から連絡がくるはずがない。だって洵は、私の携帯の番号すら知らないのだから。私も洵の携帯の番号を知らなかった。

お互いのこと、何も知らないじゃないか。そう思うとなんだか笑えてきて、そして最後に少しだけ泣いた。

 数日間ビジネスホテルで過ごして、そろそろお金が本格的にまずいほどなくなってきて、私はようやく職探しをする決心をした。

近くのコンビニからアルバイトや正社員を募集しているフリーペーパーを貰ってきて、ビジネスホテルの狭いベッドの上でパラパラと捲った。なにを見てもやる気が起きない。

楽して簡単に稼げる方法はないかと探したら、条件に合うのはキャバクラや風俗店ばかりだった。どうせここでもおっさんのつまらない話を聞いて、にたにた笑われながら太腿を触られたりするのだろうと思ったら、今までの生活と大して変わらない気がしてげんなりした。
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