ショパンの指先
優馬は友達が自分の家に来た時のように私に対応する。だから私も、恥ずかしいのは最初だけで、すぐにリラックスして素で話す。

「お金ないの。一番安いやつちょうだい」
「お金ないなら、遠子さんに奢ってもらえばよかったのに」
「聞いていたの?」
「聞こえたのよ」

「嫌よ、ボロが出そうだもの。洵とは別に大した関係ではないけど、でもそれでもあの人嫉妬しそうだもの」
「どれほど深い関係なのか探りたいからじゃない?」
「言っておくけど私、洵とはしてないから」
「もしそうなっていたら、大変なことになっているわよ」

 優馬はさも面白そうに笑いながら言った。まったく、他人事だと思って。まあ、優馬からしたら他人事だけど。
 私は優馬から視線を逸らして、誰も座っていないグランドピアノに目を向けた。そして、真顔で優馬に問う。

「ねえ、遠子さんから聞いたのだけど、洵がピアノを弾けなくなったって本当なの?」
「本当よ。おかげで洵の演奏目当てに来るお客の数が減って、売上に響いて大変なのよ」
「どうして突然……」
「突然なのかしら。前からその兆しはあったけどね」

 そういえば、そうだ。洵はここ最近おかしかった。追い詰められていて、見ているこっちが辛くなるほどだった。精神的に不安定だったのかもしれない。だから突然私を遠ざけたの? もしも不安定な時期を乗り越えたら、また私を側においてくれる? 

 また性懲りもなくそんなことを考えてしまう自分に嫌気がさした。そうじゃない、不安定な時期だからこそ、私を必要としてくれるようでなければいけないのだ。そうじゃなければ、私は洵の演奏を邪魔する者になってしまう。そんな存在にはなりたくなかった。

「今、洵はどこにいるの?」
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