ショパンの指先
確かに亀井さんの言うとおり、彼の音色は性感を刺激するのかもしれない。しかし、女が想像する相手は、恋人や目の前にいる男ではない。

今、女の肌を撫でるように演奏しているこの魅惑的なピアニストだ。

私はこの男とセックスがしてみたい。

それからは気もそぞろだった。

甘いショコラケーキを食べても、デザートワインを飲んでも、頭によぎるのはピアニストとの情事ばかりだった。

頭から振り払おうとして、彼の顔を見ないように努めても、耳に届く甘い旋律は否応なしに子宮に届く。

食事が終わり、いよいよ仕事が始まるというのに立ち上がりたくなかった。

彼の音楽をまだ聴いていたかった。

そんな私の気持ちなどおかまいなしに、亀井さんはすでにカードで支払いを済ませていた。

亀井さんの後に続いて私も立ち上がる。すると、私の腰に亀井さんの手が回った。

名残惜しげにピアノに目をやると、演奏中だったピアニストと目が合った。

まさか演奏中にこちらを見るなんて思ってもいなかった私は、ふいうちのときめきに軽い眩暈を覚えた。

誰がどう見ても、亀井さんと私は恋人には見えない。

見えて不倫か、キャバクラの同伴か。

彼に見られた瞬間、腰に回された手を振りほどきたくなった。自分が酷く恥ずかしいことをしている気分になった。

こんな気持ちになったのは初めてで戸惑ってしまう。

誰に何と言われようと、誰に見られようと気にしたことなんてなかったからだ。

他人なんて、他人でしかないのに。
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