ショパンの指先
恐れていた事態だった。警察を呼べば、洵が捕まってしまう。私のせいで、洵が捕まってしまう。どうしよう、どうすればいい?

 パニック状態になりながら、思考を巡らせていると、洵を抑えつけていた優馬が、他の従業員に洵を預けて、スタスタと有村の元へ歩いていった。そして有村の前に着くと、いつものオネェ言葉とは一転して低い男の声を出した。

「お客さん、本当に警察を呼んでいいんですか?」
「当たり前だ! 早く呼べ!」
「いやね、さっきの話聞いていたら、どうやら不正に淫売させていたらしいじゃないですか。風俗の許可貰わずに女の子に身体売らせていたなんて知られたら、お客さんの立場がまずいことになるんじゃないですかねぇ。なんで喧嘩になったのかって聞かれたら、ここにいた店の人達みんなお客さんの話聞いていたから、嘘はつけないと思いますよ」

 有村は「うっ」と言葉を詰まらせた。優馬の口調は穏やかだけれど、まるで怖いヤクザのような雰囲気だった。

「どうします? 警察呼びます?」

 優馬の態度に、有村は目に見えて狼狽し始めた。その態度に、優馬はとどめの一言を突き刺した。

「さっきこの女を逃がさないって言っていたな。嫌がる女を無理やり淫売させたら犯罪だぞ。もしも今度杏樹に近付いてきたら、お前を逮捕してもらうために警察呼ぶからな!」

 優馬は有村の顔に自分の顔を近付けて睨みをきかせた。優馬は坊主頭に筋肉質な身体をしているので、睨みの迫力は強烈だった。

 有村はうろたえて、それからどうにもならないことを悟ったのか「くそっ」と吐き捨てるように言って店から出て行った。なぜか店内は、優馬をたたえる拍手がどこからか起こっていた。

「洵……」

 私は膝をつきながらすり寄るようにして洵のところに行くと、洵はようやく落ち着きを取り戻したようだった。

「ごめんなさい」

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