ショパンの指先
洵は私の手を引いて、再び歩き出した。店を出ると、洵はたまたま通りを走っていた空車のタクシーを止めた。そしてタクシーの運転手に自分の家の住所を告げた。歩いてもそんなにかからない距離なのに、タクシーを使ったことが不思議だった。

「どうしていつもみたいに歩いて帰らないの?」
「早く杏樹を抱きたいからだよ」

 その言葉に私はぷっと吹き出してしまった。

「本気なの?」
「本気だよ、大マジ。茶化すなよ。杏樹は黙って俺に抱かれていろ」

 感動してしまった。そんなことを言われる日が来るなんて思ってもいなかった。どうして急にそんな気持ちになったのか全然分からないけれど、抱いてくれると言うならば抱いてもらおうではないか。洵の気が変わらないうちに、早く。

「黙っていることなんてできないわ。思いっきり淫らな声を上げてやる」

 私の言葉に、洵は驚いた顔をして私を見つめ、そしてニヤリと微笑んだ。そして洵は、私を抱きよせ唇を押し付けた。口を大きく開けて、舌を絡め合う。唾液と舌先が絡み合う音と私たちの息遣いが車の中に響き渡った。

「あの、お客さん……」

 あまりにも激しいキスを繰り返す私達に、タクシーの運転手は困ったようにおずおずと話し掛けた。

「いいから早く目的地に運んで。もう待ちきれない」

 洵はタクシーの運転手の言葉を遮るように言った。

「そうよ、早く着かないと、ここで始めちゃうから」

 私も笑いながら運転手に言った。運転手はもう止めるのを諦めたようで、苦笑いしながら速度を速めた。そして私たちはまた、キスを繰り返す。唇が腫れてしまうのではないかと思うくらい、飽きることなく唇を重ね合った。

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