ショパンの指先
 タクシーを降りると、洵は私の手を引っ張ってマンション内に入っていった。その強引な後ろ姿はなんだか緊迫したものが感じられて、私は少し不安になる。けれどエレベーターに乗って二人だけの密室空間になると、洵は再び私の唇を奪った。

 突然私を突き放して、俺に近付くなと言ったのに、私を抱くと言って自分の家に向かう洵。突然すぎる態度の変化に戸惑っていたけれど、こうしてキスをされるとそんなことどうでも良くなってしまう。洵が何を考えているかなんて私には分からない。けれど、私は洵が好きだから無条件で嬉しくなってしまう。受け入れてしまう。

 エレベーターの扉が開き部屋の前に着くと、洵は乱暴に鍵を差し入れ、ドアを開けた。開かれたドアを前にして、私は一瞬躊躇した。

ここに足を踏み入れたら、確実に私達は抱き合うだろう。さっきまでそれを心の底から望んでいたのに、本当にそれでいいのだろうかと本能が警鐘を鳴らしていた。本当に洵としてしまっていいのだろうか。今まで洵は頑なに拒んでいたのに、こんなにあっさりと。理由も聞かずに禁断の果実に手を伸ばしてしまって大変なことにならないのだろうか。

 戸惑っている私に気が付いた洵は、私の腕をぐいと引っ張って玄関に入れた。入ってしまった。もう戻れない。

「逃がさないよ。杏樹は今日俺に抱かれるんだ」

 洵の真剣な表情。イケナイことかもしれないのに、私はその一言にやられてしまった。身体の奥が熱くなる。もう始まっているのだ。私が洵の家に入ってしまった瞬間から。私はもう洵に抱かれている。

 洵は玄関のドアを閉めて鍵をかけると、私をドアに押し付けて待ちきれないとばかりにキスをしてきた。力強いキス。洵の手が、私の胸を揉み上げると、頭の芯とお腹の下あたりがジンとして、もう何も考えられなくなった。
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