ショパンの指先
私は洵の首に腕をまわして、洵の胸元に自分の顔を隠すように押し付けた。洵の匂いがする。洵の身体から放たれる洵独特の匂い。私はこの匂いがとても好きだった。

この匂いを嗅ぐと、胸がきゅっと締め付けられるようで、なんだか少しくすぐったくもなった。愛しさが込み上げてきて、まわした腕に力を込めると、その返事をするかのように、洵は私の額にチュッと鳴る軽いキスを落とした。

なんだろう、この気持ち。温かくて恥ずかしくて泣きたくなる。洵のことが好きすぎて、洵に抱きしめられていることが嬉しくて涙が込み上げてきた。これだけで泣きそうになるなんて、自分が自分で信じられない。

洵は軽々と私を抱いて寝室へと向かう。その一歩一歩がドキドキした。これから洵と結ばれるのだ。セックスなんてたいしたことないなんて思っていたのに、すごく緊張していた。大好きな人と結ばれることは、胸が苦しくなるくらい特別で、とても大切なことなのだと初めて実感した。

洵は片手で寝室のドアを開けて、ゆっくりと私をベッドの上に降ろした。

洵の顔が近くてドキドキする。洵に真っ直ぐ見つめられただけでドキドキしているのに、これから先私の心臓は持つのだろうか。洵が好きすぎて、おかしくなりそうだ。

洵は私の上に馬乗りになって、キスできるくらい顔を近付け、私の髪を愛おしそうに撫でていた。

「どうしよう洵、私緊張しているみたい」
「俺も、緊張してきた」

 洵は私の髪を撫でながら、それ以上先のことはしてこない。お互い見つめ合いながら、しばらく黙っていた。心臓の音が聞こえてきそうだった。

「杏樹……」
「はい」
「なんで敬語」
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