ショパンの指先
「なんとなく」
「杏樹……」
「はい」
「好きだ」

 時間が、止まったように感じた。

 息をするのも忘れ、何も聞こえず、見えるのは洵だけだった。

「なんで泣くんだよ」

 洵にそう言われて、初めて自分が泣いていることに気が付いた。涙が目尻を伝って枕を濡らしている。言葉が出ない。言葉にできない。ただ胸が熱くなって、感情が涙となって溢れてくるだけだ。

「好きだ」

 洵はもう一度そう呟いて、唇を押し付けてきた。濃厚な優しいキス。唇を吸い上げ、舌を絡ませ、何度も顔の向きを変えて求め合った。洵の背中に手をまわし、ぎゅっと抱き締める。

 好き、好き、洵が好き。

 溢れてくる感情は止めることができないほど膨大に溢れてきた。どんなにキスしても足りなかった。身体が熱を帯びていく。狂おしいくらい、洵が欲しくなった。

 洵もキスでスイッチが入ったようで、情熱的に求めてくる。舌を絡ませ合いながら、お互いの服を脱がしていく。洵との間を遮る薄い布一枚でさえ邪魔だった。お互い息を荒げながら、裸になっていく。

 お互いの肌の体温は、とても気持ちがいいものだった。

私は背中を仰け反らせた。洵の背中を這っていた手の指に力が入る。何かを掴んでいないとそのまま遠くに飛ばされてしまいそうだった。私は慌ててベットのシーツを掴む。

洵が腰を動かす度に、脳髄まで犯されているような感覚になる。頭が真っ白になって、息を吐き出すことも困難だ。洵が奥を突き上げる度に、悲鳴のような声が上がる。可愛らしい声を上げる余裕さえない。
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