ショパンの指先
 それでも、キャバクラやスナックといった夜の仕事だけはやるまいと決めていた。母が水商売をしていたことも関係しているが、男の人を相手にする仕事はもうしたくなかった。ほんの少し触られるだけでも嫌だった。

 パチンコ店も、男の人から好意の目で見られることが多いので本当は嫌なのだけれど、次の仕事が見つかるまでと自分に言い聞かせて続けている。

 絵は最近全く描いていなかった。慣れない仕事で心身共に疲れて、絵を描く時間が持てなかったからである。それに、洵がいなくなり描く情熱が消え失せてしまった。

 そんな私の唯一の楽しみは、仕事終わりにアマービレに行って優馬と話ながらお酒を飲むこと。

 お金がないのでそんなにしょっちゅうは行けないけれど、それでも週に一回は顔を出している。優馬とは、もう友達のような関係だ。

「いらっしゃいま……あら、あんたか」
「あんたとは何よ、私は客よ」

 カウンター席に座りながら言う。優馬はくだけた笑顔で「ああ、そうだった。少ないお金しか落としていかないから危うく忘れるところだった」と言った。

「その言い方はないでしょう」
「反論するならツケを全部払ってから言うのね」

 こう言われるともう何も言えない。私はムッとした顔で頬杖をつきながら、優馬オリジナルカクテルに口をつけた。

「聞いてよ、パチンコ屋の店長がやたらしつこく飲みに誘ってくるの。ホント迷惑」
「ここで飲んでご馳走してもらえばいいじゃない」
「やめて、そんなことしたら調子に乗るだけよ。それにここは、私にとって神聖な場所なの。安易に他人に踏み込んでほしくないわ」
「そう」

 優馬は静かな微笑みを浮かべた。
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