ショパンの指先
それにイラストレーターは、客からの要望に従って描かなければいけない。様々な画材を使いこなす有村は、その分重宝され仕事が増えるのだ。

私は有村の才能に魅かれ、有村イラストデザインコーポレーションに入社した。

その有村から直々のモデルの誘いだったのである。断る理由なんてなかった。

そして、そのモデルがヌードと聞かされた時も、怯んだりはしなかった。

有村は『今度の作品は抽象画だから、君だって分かる人はいないから安心していいよ』と言われたが、私だって分かるくらい鮮明に描かれたって構わなかった。

その後、すぐに有村と男女の仲になったのだって、私にとっては大きなことではなかった。密室で男女が二人きり。しかも私は裸だ。そうなることは、自然な流れのようにさえ思えた。

だから有村に『杏樹の好きなことだけできるように、俺が手配してやる』と言って、この仕事を紹介された時も、驚きもしなかったし、嫌だとも思わなかった。

個人事務所にとって、営業活動がいかに大事なものかも分かっていたし、有村は営業の才能もあった。上手い絵を描くだけではお金にならないことは、有村の会社に入社して最初に突きつけられた現実だった。

それに私にとって行為自体は、大して重要なことではないのだ。セックスは嫌いじゃない。むしろ好きだ。だから拒まないし、色んな男と、色んなセックスを楽しみたいと思う。誰と何回したところで、何が変わるわけでもないだろう。

他人は他人。私は私。貞操観念なんて、とうの昔に捨ててしまった。いや、最初からそんなものなかったのかもしれない。私の遺伝子は、あの女(ひと)から受け継がれているのだから。
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