ショパンの指先
私が好きなことだけできるように、有村は私にそう言ったけれど、あれは有村なりの私への気遣いだったのだろうか。

有村には感謝している。

有村からは絵の基礎を全て教えてもらった。

有村の人柄は首を傾げるところは多々あるが(私が首を傾げるくらいだから世間的にはかなり難ありだろう)絵やデザインに関しては一流だった。

私はよく遅刻するし、無断で休みも取ったりした。

それでもクビにならなかったのは、有村が社長だったからだ。

確かに私は社会人には向かない。

でも、この仕事が私のために与えられた仕事だとは思えない。有村はそんなに優しい男じゃない。いつだって自己利益を一番に考える男だ。


亀井さんの顔が、私の乳房の間に埋まる。

吸い付くように乳房にキスをして、先端をほんの少し伸ばすように噛みついた。

ビリっとする小さな痛みが、私をガーネットホテルの最上階の一室に連れ戻す。

そうだ、ここはベッドルーム。私の身体の上に乗っているのは、今日初めて会った人。

私は天井を見上げ、規則的な振動に身を委ねた。

ピアノの音が聴こえる。あのピアニストが奏でる音だ。

私の耳はあの音を記憶し、聴こえるはずのないこの部屋を音で満たしてくれた。

目を閉じれば、あの筋張った長い指が見える。

あの指先から生み出される音の乱舞。

私は耳が記憶する演奏に、身体を預けた。

すると、絵を描いている時のような、あの現実離れした浮遊感を味わった。

私の手だけが動いていて、まるで幽体離脱して別世界に行っているようなあの感覚。

私は亀井さんの背中をキャンパス代わりにして、指先を動かした。

描きたい。あの音楽を聴きながら絵が描きたい。

私の頭の中はそのことでいっぱいだった。

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