ショパンの指先
「そんなこと知らないわよ。でも私はあなたが嫌いよ。あなたみたいな強い女大嫌い。男に頼らず生きていこうとする女、私の全てを否定されているようでムカつくわ。あなたには分からないでしょう。どうして浮気されても夫と別れないのか。一人で生きていこうとしないのか」

「女の人が一人で生きていくには大変ですから。生活費がなくなったら暮らしていけないし……」

「ほら、やっぱり分かってない」

 遠子さんは私の言葉を遮って言った。

「お金じゃないのよ。生活費じゃない。あなた以前言ったわよね。もしも洵に一緒にポーランドに来てほしいって言われたらどうするのかって。私はこう答えたわ。行かないわ、私には夫がいるものって。私はね、夫のことを愛しているのよ。夫の稼いできたお金で洵に貢いで、洵のことも好きって言って必要以上に束縛したけど、私は夫のことも愛しているの。浮気されても、ほとんど夫婦の体をなしてなくても、私は夫を選ぶの。洵と身体の関係を結ばなかったのも、女としてのプライドもあるけど、それよりもやっぱり夫を裏切ることができないからだったのだと思う。分からないでしょう、あなたに、私の気持ちが」

 私は言葉に詰まった。遠子さんの気持ちは、同じ女性として分かるような気がした。けれど、ここで分かりますと言っても、遠子さんは納得しないだろうと思った。

「結婚って、独身のあなたが想像するより、もっと深いものなの。夫婦って、理屈じゃ説明できないものなの。二人の間にしか分からないものがあるの。結婚は恋愛の延長線上じゃない。恋愛とは別物なの。私が第三者だったら浮気するような旦那とは離婚を薦めると思う。別れずにそれでも旦那を愛しているなんて、馬鹿なんじゃないと思うでしょうね。旦那に愛されていないのに、どうしてって。でも、旦那も私のことを愛しているという確信があるの。愛人にはもう気持ちはない、冷え切っているって言っているかもしれない。でも、最後に戻ってくるのは私だって信じられる。だから一緒にいられる。結婚って恋愛よりも深い結び付きがあるの。とても、ややこしいものなのよ」

「失礼を承知で聞きますが、お腹の子は旦那さんとの間にできた子供ですよね?」
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