ショパンの指先
「嘘! 心の中読まれた!」
「お前が口に出して喋っていたからだよ。酔いすぎだ。あんなバカみたいにワインをガバガバ飲むから」
「見ていたの?」
「弾いていても、けっこう見えるからな。絵を描いていた女だろ?」

 私はこっくり頷いた。すると、喉奥から胃酸が出てきたので慌てて飲み込んだ。酸っぱい。

「あんたのおかげでいい絵が描けそう。たくさん下書きが描けたわ」
「そりゃ良かったな」
「でも、まだ描き足らないの。もっと弾いて」
「毎日ここで弾いているから、また来ればいい」
「違う。今日聴きたい。今すぐ聴きたい」
「はあ? 何を言っている。この酔っ払いが」
「私、本気で言っているの」
「本気の方がタチ悪いわ!」

 どうやらピアニストは融通がきかないらしい。口は悪いしケチだし、あんまり性格は良くなさそうだ。

 口を尖らせて睨みつけている私に、ピアニストはこれみよがしに大きなため息を吐いた。

「バカらし。帰ろ」

 ピアニストはそう言うと、本当に踵を返して歩き出した。仕方ないので私もその後を追う。

「なんでついて来るんだよ!」

 ピアニストは後ろを振り返って怒鳴る。

「今すぐ聴きたいって言ったでしょ」
「なんて図々しいんだ、お前は」
「あ、ちょっと。お前って呼ばないでくれる? 私には篠原杏樹っていう可愛い名前があるのよ」
「お前だって……!」
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