ショパンの指先
無機質な鉄鋼建てのマンションに洵は入っていった。

 私もその後に続く。

 一緒のエレベーターに乗り込もうとした所で、洵に額を手の平で押された。

「ここから先はダメだ、酔っ払い女」

 そう言うと、洵は無情にもエレベーターの扉を閉めた。

 両扉が閉まる少しの隙間から洵の意地悪そうな微笑みが見えた。

 私は悔しくなってエレベーターがどの階で止まるのかを見届けてから乗降ボタンを押した。

 エレベーターが一階に降りてくる。

 私はすぐに乗り込んで、洵が降りたであろう3階のボタンを押した。

 3階に着くと、エレベーターから一番近い部屋のチャイムを迷うことなく鳴らした。

「はい」という低い声と共に玄関扉が開く。

 部屋の主は、私の姿が見えると目を大きく見開いた。

「お前っ……」
「杏樹!」

 私は間違いを正すように、強めに言う。

「どうしてこの部屋が俺だって分かった」
「適当にチャイムを鳴らしてみたの」
「はあ? もし違っていたらどうする」
「すみません、間違えましたって言って、今度は別の部屋のチャイムを鳴らすと思うわ」
「今何時だと思っているんだよ!?」
「そうねぇ、深夜じゃない?」
「そうだよ、夜中の1時だよ! 近所迷惑だろ!」
「でも一回で当たったからいいじゃない」
「そういう問題じゃないだろ!」
「それより洵の怒鳴り声の方が近所迷惑だと思うの」

 洵はまた怒鳴りかけて、口を噤んだ。

 そして、わしゃわしゃと髪をかいて、諦めたかのように小さな声で言った。

「もういい。入れ」

 ……勝ったと思った。

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