ショパンの指先
洵の部屋は結構広い1LDKだった。

 驚いたのは、リビングの真ん中に堂々とグランドピアノが置いてあったことだ。

 家具らしい家具は見当たらない。

 床を傷つけないためにか、分厚いフカフカのカーペットに「俺がこの部屋の主人だ」と言わんばかりのピアノが圧倒的な存在感を示している。

「洵っぽい部屋」と言ったら、「俺の何を知っているんだよ」と笑われた。

「さあ、いいピアノを弾くってことぐらいしか知らないわ。でも、それだけ知っていれば充分じゃない?」

 洵はふっと鼻で笑うと、肯定も否定もしなかった。

 その返事が、私は凄く気に入った。

曖昧なかんじが居心地いい。

 拒否されているようで、受け入れられている。そんな気がするのは、都合のいいように解釈しすぎだろうか。

「俺はこれから朝までぶっ通しで練習する。飽きたら勝手に帰っていいぞ」

 洵はピアノの椅子に腰かけ、指をポキポキ鳴らし始めた。

「朝まで私のためにありがとう」
「杏樹のためじゃねぇよ。俺は毎日練習している」
「いつ寝るの?」
「眠くなったら」

 不健康な奴、と思ったけれど、私も絵を描いていたら寝食忘れて没頭するタイプなので何も言わなかった。
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