ショパンの指先
そうだ、ここは私の部屋だ。

アトリエ兼自室。家賃14万円の1LDKマンションだ。

今何時だろうと思って、床に転がっていた携帯を取ろうとして手を伸ばすが、あと掌一つ分くらい足りない。

仕方なくほふく前進するように身体を前に押しやって携帯を手に取った。

画面を見ると、着信件数の多さにドキリとした。

仕事の邪魔にならないようにサイレントモードにしていたせいで全く気付かなかった。

 着信相手を見ると、全て有村圭(ありむらけい)からだった。

 そういえば、今日は仕事が入っていたことを思い出す。絵の仕事とは別の、生活するために欠かせない「仕事」。

 専門学校を卒業して有村デザインコーポレーションに入社して三年目。ほぼフリーランスのような立ち位置で、会社からたまに与えられる絵の仕事はほとんどお金になっていないのだから、世間一般では有村から絵の仕事とは別に斡旋されるこの仕事こそが私の本当の仕事というのかもしれない。

 でも、私にとってはお金にならない絵の方が何倍も大事で、絵を描くために「あの仕事」をしているのだから優先順位は絵の方が格段に高い。

 私は床に寝転がりながら、マルボロを一本咥えた。

 ライターで火をつけ、煙を燻らし、私好みの味になったところで深く吸い込む。そして、ゆっくりと吐き出した。

 2、3回煙を肺に入れたところで、ようやく着信相手に電話を掛け直した。

 ワンコール目で相手が出る。

 私からの電話を今か今かと電話を握りしめ待っていたかのような速さだった。

 「杏樹(あんじゅ)、今どこだ」

 電話主の声には怒りが含まれていた。
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