ショパンの指先
一心不乱に舐めていると、別の方の手で舐めるのを制された。

「ダメだ」
「どうして?」
「俺の身体は俺のものじゃないからだ」
「意味が分からない」
「杏樹を抱いたらピアノが弾けなくなる」
「禁欲中なの?」
「いや」
「じゃあ、どうして?」
「どうしても」

強い眼差しに、私はそれ以上聞くことができなかった。

深呼吸を一つ落として、私は小さな声で「分かった」と言った。

「洵がピアノを弾けなくなったら嫌だから、我慢してあげる」

洵は私の言葉に、苦笑いのような微笑みを浮かべて、大きな手で私の頭を撫でた。よしよし、と子供をあやすような仕草。そういう扱いは好きじゃない、甘えたいわけじゃない。それなのに、胸がきゅっと締め付けられて、何も言えなくなる。

切なくて胸が苦しかった。

我慢なんてしたのは、いつぶりだろう。

私は仕方なく自分で脱いだ上着をまた着て、ピアノの脚を背もたれにして座った。

洵は椅子に座りながら元の体勢になった私を見下ろして、そして鍵盤に指をのせた。

洵がエオリアンハーブを演奏する。

爽やかな風の音がする。

花畑に2人で横になりながら、青よりも明るいシアン色の空を見上げているようだった。

抱き合わなくてもいいかもしれない。

こんな穏やかな気持ちになれるのだから。やっぱり洵の演奏はすごいと思った。

……でも、どこか寂しげに聴こえるのは気のせいだろうか。


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