ショパンの指先
ホテルのロビーに到着すると、薄く黄色味がかったライムライト色のサングラスをかけた男が私に声を掛けてきた。

「杏樹さんっすか?」

 私が頷くと、男は私を足先から順に上へ視線をずらし、右の口角を少しだけ上げた。

「噂通り、綺麗な人ですね」
「ありがとう」

褒められても全然嬉しくなかった。

 男はハゲでもデブでもなかった。30代後半から40代前半くらいだろう。

 客にしては若い方だ。

 けれど私は、男に対して不快感でいっぱいになった。

 金色のネックレスに金色の時計。第2ボタンまで開けたポピーレッド色のシャツ。

 黒いスーツに赤シャツなんて、どこぞのやくざみたいな恰好だ。

 それに横柄な態度。

 敬語も使い慣れていないらしく、どこかイントネーションがおかしい。

 頭が悪そうで下品。

 私はこういう男が嫌いだ。

「最初に食事するんでしたっけ?」

男はポケットに手を突っ込んで、革靴を引きずるようにして歩いた。私は黙って男の後を歩く。

 そういえば有村から客の名前を聞いていなかったことに気が付いた。
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