ショパンの指先
 電話を握りしめ今か今かと待っていたという想像は、あながち当たっていたのかもしれない。

 「家よ」

 私は悪びれずに答える。

 「やっぱり。まあ、いい。時間帯が変更になったんだ。あとどれくらいで来れそうか?」
 「そうね~、あと1時間くらいじゃないかしら」
 「分かった。先方にそう伝えておく。なるべく早く来るように。場所は分かっているよな?」
 「ええ、ガーネットホテルでしょ?」
 「そうだ。遅れるなよ」
 「努力するわ」
 「そうしてくれ」

 有村は最後には呆れたような声になっていた。

私は吸いかけの煙草を口に含んで、味わうようにまたゆっくりと吐き出してから灰皿に先端を押し付けた。

 まだあと数回は吸えた。努力したわ。

 私はすっかり満足して、気だるい身体を抱えながらシャワールームに向かった。

 熱いお湯を存分に浴びて、念入りに化粧をして、たっぷり一五分かけて髪をブローした。

 背中がぱっくり割れたクラレット色のイブニングドレスを着て、黒い毛皮のコートを羽織る。

 先日買ったばかりの某高級ブランドのパーティバッグを持ち、華奢なピンヒールに爪先を入れる。

 時計を見ると、電話を切ってからもう1時間経っていた。

 「努力はしたわ」

一人呟いて家を出た。
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