ショパンの指先
不覚にも、胸がキュンとした。

 そして洵は、また鍵盤に指を乗せ、演奏を始めた。

 洵が弾いてみせたのは、ギャロップマルキだ。

テンポがよくて、楽しい曲。

ショパンがお遊びで作ったと言われている軽い曲調の音楽だ。

まったく、この場面でこの曲を選ぶなんて人をバカにしているとしか思えない。

それでも洵の曲を聴いていると、自然と笑顔が零れてくる。

ああ、どうしよう。このままここにいるのは気まずいし、かといって洵の曲を最後まで聴かないのももったいない気がする。

頬杖をついて悩んでいると、今度はバーカウンターにいる、ゲイのバーテンダーと目が合った。

手招きしている。こっちに来いという意味だろうか。

私はこのままテーブル席にいるのもなんなので、誘いに乗ってバーカウンターに移動した。

席に座ると、すかさずゲイのバーテンダーがカクテルを出してくれた。

「サービス。いい物見せてもらったから」

ゲイのバーテンダーはウィンクして言った。

「見せ物じゃないわよ」とため息を吐くように言ってから、カクテルグラスに口をつけて、くいっと飲んだ。さっぱりしていて、とても美味しかった。

「今日はね、あの男と寝る予定だったの。それが私の仕事なの」

 男といた時は、会話することすら嫌で洵の曲に聴き入っていたのに、なぜか自分から話をしていた。しかも、こんな身の上話。

 自分でも何で話しているのか分からない。でも、なんだか誰かに聞いてほしい気分だった。

「へ~、私はてっきり絵描きさんかと思っていたわ。この前熱心に描いていたでしょ。すごく上手だったから」
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