ショパンの指先
「本職はね。本職って言っていいのかも分からないけど。絵だけじゃ生活できないから」

「大変だね~、芸術家っていうのは」

バーテンダーの言葉に、私は薄く笑って、視線を下げた。

好きなことをやるためには、犠牲が必要だ。全て手の平に収めようなんて、そんな虫のいい話が通るような世の中じゃない。

たった一握りの選ばれた者だけが夢を掴めて、残りの凡人は諦めて別の道を探すか、さもなければ何かを犠牲にして続けなければいけない。何かとは、大抵お金のことだ。好きなことをするにはお金がかかる。

そして私は、残りの凡人だった。それだけのことだ。

カクテルをちびちび飲みながら、洵の演奏に耳を傾ける。

洵はショパンばかりを弾く。そして、私の一番好きな作曲家もショパンだ。

ショパンはあの人が好きだったから。だから私もショパンが好きになった。

少しでもあの人のことを知りたくて、片っ端からショパンを聴いて、ショパンを調べた。

不思議な縁を感じた。13年前と今が、ショパンによって繋がれているような。

天才は死してもなお、人々に影響を与え続ける。

私は生きているのに、誰にも影響を与えられない。自分でも分かっているから、いや、自分が一番分かっているから、時々無性に孤独になる。

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