ショパンの指先
 痛みとあまりの屈辱に、気を失いそうになっていると、頭の奥でメロディーが鳴った。洵が今日の最後に弾いてくれた曲だった。

 ショパンのエチュード「Ocean」

日本語標記は「大洋」

ピアニストの指の動きを見れば、どうしてこの名前になったのがすぐ分かる。両手が波のように、右へ左へとうねるように動き続ける。ピアニスト自身が、荒ぶる波の動きを表現しているのだ。

暗い夜の海。嵐が起こり、波は大きく揺れている。

私の身体も揺れている。終わりなき黒い海に放りこまれたかのように。

有村が深く挿入する度、ベッドが軋み、手首を固定している布が擦れる音がする。

奥に入れられるたびに、激痛が走った。

身体が一定のリズムで揺れ続け、有村の人を見下した癪に障る笑い声が聴こえてくるようだった。

痛みと怒りで、頭が真っ白になる。でも私にはどうすることもできない。

ただ荒波に身をまかせ、陰鬱でよどんだ気持ちになりながら、時々吐き気すらおぼえて、嵐が過ぎ去ってくれるのを、ただ待っているばかりだった。

私はなんでこんなことをしているのだろう。なんでこんなことになったのだろう。

どこから道を間違えた? 戻る道はあるの? 有村の呪縛から逃れられる道はあるの?

荒々しく、不気味な、美しい旋律だった。

声も枯れ果てて、身体も動かなくなってきた。

私は人形のように有村に身体を預け、やがて本当に気を失った。



< 51 / 223 >

この作品をシェア

pagetop