ショパンの指先
そこからはまるでヤドカリのような生活だった。男の家を転々と渡り歩く。まるで寄生虫のようだと時々自嘲したけれど、他に生き方が見つからなかった。

専門学校で油絵の楽しさを知り、そこからどんどんのめり込んでいった。勉強が好きではなかったので、単位はギリギリだったけれど、なんとか卒業できた。

そして卒業後、私は有村デザインコーポレーションに入社し、今に至る。

結局今も昔も、こんな生き方しかできないのだ、私という人間は。

この生き様が、私には合っているのだろう。

有村の言う通り、私は社会で上手く生きていくことはできないだろうし、今さら真面目に働くことなんて想像すらできない。

私が仕事をする? 好きでもないことを永遠と? 

何の為に? 生きるため?

嫌いなことをやり続けなければ生きていけないのならば、生きている価値なんてあるのだろうか。

有村は嫌いだ。有村から与えられたこの仕事だって好きではない。でも、その分自由があって、好きな絵を好きなように描いていられる。

有村の人間性はどうしようもない奴だけど、絵はやっぱり上手い。教えられることは沢山ある。

この生き方が好きかと言われたら、好きではないし、このままじゃいけないとも思うけれど、じゃあどうすればいいのか考えても、答えは出ない。

誰も教えてくれないし、まず相談する相手さえいない。

結局私は堕ちるとこまで堕ちて、もう心底嫌だと思ったら、這い上がる努力を怠って死ぬのだろう。

絵で成功できたら、また変わるのかもしれないけれど、成功者なんてほんの一握りだ。有村を見ていれば分かる。例え成功したとしても、絵をひたすら描いていればいいだけではない。絵を売るには煩わしい人間関係が木の枝のように広がって、描きたくもない絵を描かなければいけない時もある。
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