ショパンの指先
有村が芸術絵画からデザインイラストレーターにシフトチェンジしたのだって、芸術絵画じゃ安定したお金を貰えないからだ。才能があったってそういう現実が待っている。

それに何より、私には才能があるのかも分からない。土俵にも立てていない。

努力も嫌い。働くのも嫌い。才能もあるのかも分からない。

「クズだな、私は」

 煙草の煙を吐きながら、頭に浮かんだ言葉が口から漏れた。

 スピーカーからはショパンの英雄ポロネーズが終盤に差しかかっているところだった。

 英雄だと思った父は、ろくでもない不倫男だったし、では自分が英雄になって金や地位や名声が欲しいと願っても、いつでも自分はその対極にいた。

 音色は静かに優しくなり、雄々しく力強かった英雄でさえも栄枯衰退のことわりにならい静かな晩年を送って終わるのかと思いきや、再び輝くような盛り上がりを見せ、幕を閉じる。

 何度聴いても鳥肌が立つほどかっこいい。ジャンルが全く違うのに、嫉妬すら覚えてしまうショパンの才能。

 なぜだか泣けてきた。曲に感動したのか、自分自身の不甲斐なさに呆れたのか、昔のことを思い出したからなのか、この気持ちがなんなのかは分からない。優れた芸術は、心を揺さぶらせる何かがあるからなのか。私の内側の何かをショパンが引きずり出したのか。
 自分でもよく分からない。何もかもが分からない。

 分からないまま、もう一度最初から曲を聴いた。

 頬には一筋の涙が伝っていた。

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