ショパンの指先
有村から屈辱的な行為をされてからも、私の生活は何一つ変わらなかった。

 好きな時間に起きて、出来あいの物を食べ、好きな絵を好きなように描き、たまに有村から連絡がきた日は仕事をする。

 月に数回だけ客と寝ればマンション代や生活費が出るのだから、私のやっていることは愛人とたいして変わらないと思っている。そんなことを言ったら、世の愛人共に「全く違う!」と反論されそうだけれども。

 客との待ち合わせ場所は、当然ながらアマービレを指定されることはなかった。ガーネットホテルもまたしかりだ。

 アマービレに行きたいと思ってはいても、もし有村が裏から手を回していて、アマービレに私が行ったら有村に報告するように手配されているのではないかと思って怖くて行けなかった。

 まさかそんなことあるわけがないとは思っても、見えない所から常に有村に監視されているような強迫観念に囚われている。ありえないと思うようなことをするのが有村という男だ。あの男に常識は通用しない。

がんじがらめだ。精神的に追い詰められている。

あの日のことは、私が思っている以上に私の身体や記憶に影を作らせてしまったらしい。肉体的な痛み以上に、征服され、どんなに抵抗してもまるで無駄だったことが、恐怖を植え付けてしまったらしい。

時々、有村のことが怖くてたまらなくなる。
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