ショパンの指先
これじゃあ見られないじゃないかと思っても、心臓が自分でも驚くくらい鳴っていて、呼吸を整えるだけで精一杯だ。

なんだこれは、どうした私。

こんなことして、自分が滑稽に思えてくる。

ただ洵を見ただけじゃないか。どうしてこんなに緊張する必要があるの?

どうかしている。しっかりしろ、私!

深呼吸をして、そっと生垣から顔を出すと、目の前に洵の顔があった。ほんの数センチ。もっと勢いよく顔を出していれば、顔と顔がぶつかっていた。

思わず声を上げて、後ろに飛び退くと、洵は一切驚くことなく、真顔で私を見下ろしている。

「なにやってんだ、このストーカー女」

 呆れるような声。いつもの冷たいかんじが、逆に私を安心させる。

「ストーカーじゃないわよ」

 洵から目を逸らし、必死に虚勢を張る。

 なんだかかっこ悪いところを見られてしまった気がして、気まずかった。

「ふ~ん、こんな所で俺のこと待っていたくせに、まだストーカーの自覚がないかね」
「別に洵のことを待っていたわけじゃないわ」

 図星をつかれて思わず嘘を吐く。

「あっそ。じゃあ俺関係ないか。じゃあな」

 ひらひらと手を振り、洵は私に背をむけて歩き出してしまった。

「あっ……」と小さく言葉が零れたけれど、その先が出てこない。

 行ってしまう。行かないで。

 でも止めてどうするの? 用事なんてない。

 前みたいに追いかける? でもそれじゃ本物のストーカーだ。
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