ショパンの指先
「私のためにお店を見つけてくれたの?」

「そうだよ。その店のピアニストはショパンしか弾かない」

 亀井さんはちゃっかり私の腰に手を置き、エスコートしながら歩き出した。

 私も亀井さんに合わせ、しなだれるように身体を預ける。

「ショパンだけ? どうして?」

「それが、理由は教えてくれないんだよ。でも、彼の弾くショパンは実に官能的らしい」

「ショパンを官能的に弾くなんて。それは楽しみだわ」

私は亀井さんに喜ぶような笑顔を見せながら、頭では違うことを考えていた。

 悪いけど私、耳には確かな自信があるの。そこら辺に転がっているピアニストじゃ満足できないの。ましてやレストランで弾く素人並のピアノなんて興味ない。

 耳障りな音にならないか不安だった。期待なんて全くしてなかった。

 亀井さんはホテルの地下1階に私を案内した。

 レストランスタッフにコートを預けると、背中のあいたイブニングドレスに身を包んでいた私は、男たちから一斉に視線を浴びた。
 この瞬間がたまらなく気持ちいい。

 この視線を手に入れるために、一つ数十万円するバッグを買ってしまうのだ。

 亀井さんが腕を差し出す。私はその腕に手を絡ませて颯爽と歩く。

 12センチのピンヒールを履いているので、横に並ぶと私の方が、背が高くなっているのが分かるのだが亀井さんはそんなこと一向に構わないらしい。

 それよりも、私に向けられる男たちのいやらしい目付きと、横に並んでいる亀井さんに向けられる嫉妬の眼が心地いいのだろう。
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