ショパンの指先
「杏樹のことを嗅ぎ回っている男が店に来なくなるまで、俺の演奏が聴きたければ家に来ればいい」
「……それはありがとう。でもそれ、私の質問の答えになってない」
「なってる」
「なってない」

 私と洵は睨み合った。告白している場面なのに、なぜかロマンチックの欠片もない。

私は洵の口から「好き」という言葉を貰うことを諦めた。

「じゃあ、私の好きなように解釈していいってこと?」
「勝手にすれば?」

 なんだ、この煮え切らないかんじは。私はだんだん苛々してきた。

「洵、キスして」

 私は目を閉じて顔を洵に向けた。

「は? なんで?」
「洵も私のことが好きって解釈したから、キスして」
「ダメだ」
「なんでよ」
「抑えられなくなる」
「抑えなきゃいいじゃない」
「……ダメなんだよ」

 洵が突然突き放すような真剣な表情になったので、私は圧倒されて、突き出した唇をしずしずと戻した。

 なんでダメなのか。私のことを好きじゃないの?

 なんだか腹が立ってきた。思わせぶりなことばかり言いやがって。洵のバカ野郎。

「もう洵なんて嫌いよ!」
「嫌いでけっこう」

 カッチーンときた。なんだ、それは。好きなように解釈していいって言われたら、好きだって思うじゃないか。ああもうムカツク!

「寝る!」
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