ショパンの指先
「ショパンコンクールに応募するにはまず、有名なピアニスト二名の推薦状が必要だ。それがないと応募すらできない。でも、貰えることになった」
「どうやって推薦状を貰ったの?」
「ある人が、ピアニストを紹介してくれた」
「ある人?」
「俺にアマービレで演奏する仕事を紹介してくれた恩人でもある人だ」
「私、見たことある?」
「ないよ、たまにしか来ないからね、遠子さんは」

 遠子さんと親しげに下の名前で呼んだことに、なぜか心がざわめいた。

「とても強力なコネを持っているのね、その遠子さんって人は」
「コネっていうか、金だよ」

 洵は汚らわしいものを吐き捨てるように言った。

 ……金。

 有名なピアニストを紹介するにはどれくらいのお金が必要なのだろう。

コネを得るためにはお金が必要だということは、有村を見ていれば痛いほど分かる。

音楽だけではない、芸術の世界では人脈が成功する大きな鍵となってくる。

芸術だけではないかもしれない。世の中は人脈が何よりも物を言う。

上に行こうとすればするほど、人脈の必要性をひしひしと感じてくるだろう。

有村が、口癖のように言っている言葉だ。成功するためには、運と人脈が必要だ。そしてそれらは、金で買うことができる、と。

「でももちろん、金を渡すだけでは有名なピアニストは推薦状を書かない。彼らに演奏を聴かせて首を縦に振らせる必要がある」
「でも、会うまでに相当のお金がかかるでしょう」
「彼らに払うお金はたかがしれている。でも彼らにアポイントを取るまでが難しい。俺一人の力ではどうしようもない」
「でも洵はその貴重な機会を見事物にしたのね。さすがだわ」
「……まあね」
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