ショパンの指先
 芸術を続けていくためにはお金がかかるし、そう簡単にパトロンを切ることができないことは私自身体験済みだ。洵を責める気持ちはない。私の方がえげつないことをしていると思う。

 それでもやっぱり、心が晴れない。旦那持ちのあの女とはヤって、私とはヤラないなんて嫉妬が湧かない方がおかしいというものだ。
 恨めしく洵を見ていると、私の視線に気が付いたのか、洵はハッとした表情を浮かべた。変装していたから、私だと気付いていなかったのかもしれない。

 洵の顔の表情に気が付いた遠子さんが、訝しげに私の方に振り向いた。ほんの一瞬目が合って、慌てて視線を逸らした。妙に胸が騒ぐ。あの一瞬で全てを見透かされたような気がした。

「あんたと洵がどんな関係なのかは分からないけど、気を付けなさいね。ああいう昔から女であることを武器にして生きてきた女っていうのは、恋愛に対する嗅覚が半端じゃなく優れているから。あんたと洵が一度でも関係を結んだら、必ず第六感で気付くでしょうよ」

 優馬の言葉は、まるで呪いのように私の身体に絡みついた。確かに生半可な嘘はあの女(ひと)には通用しなそうだ。

私は背中に冷たい矢のような視線を感じながら、それに気付かないふりをして三杯目のカクテルを一気に飲み干した。
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