ショパンの指先
 優馬はグラスを拭きながら、遠くを見つめるような眼差しで洵を眺めた。

「情緒不安定時期?」

 私が問い返すと、優馬は視線を私に向けて苦笑するように微笑んだ。

「洵はああ見えて繊細だから。ショパンコンクールが近いから焦っているのね」

「ああなるほどね。だから毎晩何かに追われるようにうなされているのね」

「毎晩?」

 優馬は聞き捨てならないと言いたげに眉を寄せた。「あんた達、いつの間にそんな関係になったのよ」

「優馬が想像しているような関係じゃないわ」

「優馬って呼ぶなって言っているじゃない! しかも呼び捨てだし。あんた何様よ!」

「いいじゃない別に」

「良くないわよ! 洵はなんでこんなふてぶてしい女に私の名前を教えたのかしら。こんな女のどこがいいのか、私にはサッパリ分からないわ!」

「ちょっと、私、客よ? それに洵と私はそういう関係じゃないって言っているじゃない。一緒のベッドで寝ても手を出されない存在なの。時々、洵も私のこと好きなのかなって思う時もあるけど、どんなに私が色気を出して誘っても拒まれるの。この私が誘っているのに、拒むのよ? 男が好きっていうならまだ諦めがつくけど、旦那持ちの女とはヤって、私とはヤラないなんて考えられない。女としての自信なくすわよ」

「洵はあんたと違って繊細で優しい男なのよ。義理や恩を仇で返すようなまねはしないの。それに、あの二人は身体の関係はないらしいわよ」

「そんなわけない。あの二人の纏う雰囲気はただならぬものがあったもの」
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