ショパンの指先
「身体の関係がなくても一緒にいれば独特の雰囲気が出るわよ。あんたと洵みたいに」

「私と洵もそんな雰囲気出ているの?」

「出まくっているわよ。身体の関係はなさそうでも、何らかの心の繋がりはあることは、第三者の私にすら分かることだもの」

「ヤってないのに、敵対視されるなんて割に合わないわ。それに洵は私のこと好きじゃないみたいだし」

「好きじゃないなら、一緒にいないでしょう。遠子さんに毎晩一緒にいることがバレたら大変なのに、そのリスクをおかしてまで側にいるってことは、中途半端な気持ちじゃないと思うわよ」

 私は素直に納得できずに小さく唸って、顎に手の甲を乗せて頬杖をついた。

 洵が私のことを好き。それは私にとっては甘い響きを持つ嬉しい見解だ。

でも、一方で腑に落ちない気分も残る。好きなら本能に従えばいいじゃないか。後のことなんて考えず。理性が歯止めをかけているなら、その程度の気持ちなんじゃないのか。私は別に恋人になれなくたっていい。洵のピアノを演奏する機会を失うくらいなら、一生セフレでも愛人でも構わない。側にいてくれれば、それでいい。

 キスをして、ハグして、朝まで裸で絡み合って、バカみたいに情欲に溺れて、笑い合えればそれでいい。面倒なことは置き去りにして、その一瞬を輝かせられれば満足だ。後悔なんて、絶対しない。どんなことになっても、自分のした行為に後悔なんてしない。
 
 私は洵より一足早く家に帰り、本を片手にデッサンの練習をしていた。ガタンっと何かが大きなものが落ちるような音が玄関でしたので、何事かと思って見に行くと、洵が玄関で倒れていた。

「洵!」

 驚いて駆け寄ると、洵は顔を赤くさせて息を荒げていた。お酒の匂いが身体中からしてくる。
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