いるかのキーホルダー
2日目
今日も私は昨日と同じどっかの名前も知らない屋上にいる。
あぁ、今日も夜空が綺麗だな…なんて思える訳もなく。
手の中には昨日無理やり渡されたいるかのキーホルダー。
あの男が来たらすぐに返して私は違う場所に行く。よしそうしよう。
そんなことを考えながら、コンビニで買ったおにぎりを食べる。明太子が1番美味しい。そんなことを考えながら黙々と食べ進める。
人は死のうとしていても腹は空くものだ。さて、次のおにぎりは…と手を伸ばした瞬間ガチャリと屋上のドアが開いた。
あれ…何で昨日は気づかなかったんだろう。
「あ、お姉さん!食べちゃダメ。」そう言いながら男は駆け寄ってきて私のおにぎりを半ば強引に奪い取った。
私の明太高菜おにぎりが…。許さぬ。最期くらいお腹いっぱい食べたいのになんて思いつつ、じっと見つめる。
「そんな顔しても渡せません。」男はそう言ってポケットにしまう。
まぁそんな事はどうでもいいんだ。いるかのキーホルダーを返さなければ。
そう、思いポケットの中からいるかのキーホルダーを取り出す。
「これ、返します。」そう言って男の前に差し出す。
すると男は「ダメです。お姉さんは昨日俺がナンパ…?したから俺と一緒に今日はご飯食べに行く日。」
男はそう言って私の手を半ば無理やり引っ張って屋上のドアを開け歩き出した。
「ちなみに焼肉だけど大丈夫?」そう言って私の顔を覗き込んでくる。
ナンパして焼肉…??あんまり聞いたことがない。
私は明太高菜おにぎりで充分なんだが…。そんなことを考えていたらいつの間にか深夜でも賑やかなところに来てしまっていた。
「うわぁ、すごい。賑やか。焼肉屋ってどれだ…?」そんな事を呟きながら男は私の手を引っ張って歩く。
久々に来たな。こんなに人が多いところ。そう考えながら周りを見てると着いたらしい。
「藍沢唯様ですね。2名様でよろしかったですか?」と店員が言う。
すると藍沢唯、と言われた男は「はい。」と答えて私を連れて店員に案内された席へと向かう。
案内され、席に着いた瞬間に男はこう言ってきた。
「お姉さん、好きなだけ食べよう?深夜だけど。」
そうにこりと笑いながら私にメニューを渡してきた。
最初は何だこの状況は…?となっていた私だったがあまりにも男が美味しそうに食べるので私もつい食べてしまった。
食べ進めていたそんな時、男が言った。
「お姉さん俺の名前は、藍沢唯です。お姉さんの名前は?」
私は一瞬考えた。言う必要があるのだろうか、と。
いなくなる人間の名前を知っていても意味が無いんじゃないかと。
少し考えてから「私は…宮原空。」と答えた。
「空さん!」と藍沢唯はなぜかにこにこしながら呼んだ。
これじゃあ本当のナンパみたいじゃないか。
…いやナンパなのか?
そんなことを考えていると続けて
「じゃあ俺の名前も呼んでみてくださいよ。」そう言って焼肉を頬張った。
「藍沢唯」私はそう答えた。
すると藍沢唯は「なんでフルネームなんですか。」
と私の方を見ながら少し笑った。
それから焼肉が運ばれてくるにつれて藍沢唯は自分の事を段々と喋り始めた。
藍沢唯の年齢は21歳。好きな食べ物は焼肉。
こういう賑やかな場所にはあまり来ない。
いるかのキーホルダーには思い出がある。らし
い。
聞いた所で…感じなんだけれども。と思いながら運ばれてきた肉とご飯を頬張る。
焼肉は変わらず美味しい。そんなことを考えていたらいつの間にか食べ終えていた。
藍沢結もいつの間にか食べ終えていて、お腹いっぱいになった藍沢唯は私に明太高菜おにぎりを返し、昨日の屋上へと戻ってきた。
「お姉さん、今日はどうだった?」
屋上に着くなり私にそう藍沢唯は聞いてきた。
「いつもと変わらない憂鬱な1日だったよ。」そう私は返した。
「そっかぁ…。」と何故か藍沢唯は一瞬悲しそうな顔をしたと思いきや私の方を見てこう言った。
「お姉さん、明日は今日みたいに深夜じゃなくて昼間に来てね。待ってるから。それじゃあね。」
え?昼間?とぽかんとしていると藍沢唯はそのまま屋上のドアを開けて帰っていってしまった。
嵐のような人だな…なんて事を思いながら寝そべる。
もう今日の私はいなくなるのは諦めよう。
しばらく今日の事を思い出しながら藍沢唯の青い、いるかのキーホルダーと一緒に真っ暗闇の夜空を眺める。
少しだけ、本当に少しだけ綺麗な気がした。