ロマンスに心酔



大学時代は、せんぱいに彼女がいても何も思わなかった。むしろそれが当然だった。

だけど今は、彼女ができたとか、実は彼女がいたとか、そういったことを告げられると、確実に落ち込むだろう。

後輩としか見られていないとわかっているから、心に何度もブレーキをかけている。


「(⋯⋯かけなかったら⋯⋯?)」


そのまま底なしの沼に落ちていくのだろう。

そもそも、ブレーキをかけている時点でもう手遅れだ。


恋愛経験の乏しいわたしにとって、せんぱいのやさしさは毒だ。

あっという間に侵されて、解毒剤もない。


「(ちょろいなあ、わたし⋯⋯)」


もっと経験があれば毒に侵されずに済んだかもしれない。

せんぱいのやさしさを、純粋に受け取れたかもしれない。


不毛な恋だ。

ロマンスなんて素敵なものにはなり得ない。


それならいっそ、いつか自然に解毒するまで、楽しんでやろうじゃないか。

この頼りない縁が切れたら、いつか、沼から出られると信じて。

< 66 / 80 >

この作品をシェア

pagetop