あの人の姿
2024年9月。

 まだまだ暑い日が続いていた。今年の夏は、酷暑だった。

 ここは、京急横浜駅だ。

 プラットフォームには、いしだあゆみ『ブルーライトヨコハマ』のメロディーに合わせて、快特青砥行きが、入ってきた。「歩いても歩いても小舟のように」と合わせて、電車が入ってきた。

 シュンイチは、「何がブルーライトヨコハマ」と毒づいた。今のご時世、「ブルーライト」は、身体の眼に悪いとか何とか言って、少し、この『ブルーライトヨコハマ』の曲にうんざりしていた。

 シュンイチは、40代後半になっている会社員だった。

 いや、違う。

 本当は、40代後半になっているシュンイチは、そもそも、いしだあゆみ『ブルーライトヨコハマ』を毒づいているのは、本当は、「自分は、夢が叶わなかった」のだと。

 それは、シュンイチは、若い時、作家になりたいとか、ラジオのDJになりたいとか、歌手になりたいとか思っていたが、なれなかった。そして、学生時代は、「お笑いタレントになりたい」と思っていたが、シュンイチは、「大阪のような下品な土地へ行くんじゃない」と両親に反対され、元々、気が弱いシュンイチは、大学を卒業してから、今の会社に居座り続けてもう、10年以上が経過する。

 シュンイチは、元々、要領の悪い子供だった。顔だけは、芸能人で言えば、SUPER EIGHTの村上信五に似ている、と言われていたが、今まで何度も顔は良かったから、女性と交際をしても、すぐに「いや、オレは、歌手になりたかった」だの「役者になりたかった」だとと愚痴っぽくなって、すぐに飽きられていた。

 ただ、学生時代は、ずっと、演劇部にいたが、あまり、人気はなかった。

 学生時代、横浜市内のラジオ放送局と、東京都心のテレビ局へ面接に行ったが、ダメだった。

 そして、シュンイチを乗せた快特青砥行きの電車は、川崎駅を超え、多摩川を超え、品川駅に着いた。

 シュンイチは、品川駅で下りて、そこから徒歩数分のところで、仕事をしている。そして、ここの食品メーカーには、どちらかと言えば、男性の社員が多いが、女性の社員も、いる。

 あ、今日もやって来た。

 30歳の女性の社員、ミヅキが、やって来た。

 大学生の時、バスケットボールをしていたミヅキが、やってきた。シュンイチは、このミヅキを見たら、いつも調子を崩す。いや、いつも、ミヅキは、シュンイチに文句を言う。

 やれ、声が小さいだの。この書類の文字が間違えているだの。顔色が蒼いだのと文句を言う。

 挙句の果てに、シュンイチは、お酒が下戸なのを、ミヅキは、「お酒も飲めないのか」と、小ばかにしていた。

 シュンイチから見たら、ミヅキは、あまり苦労を知らない今時の女子ではないかと決めつけていた。

 そして、「私は、何人も男と付き合ったのだから」と言って、「今の男は、ダメだよ」と言っていた。

 顔を見たら、確かに、元アイドルの山本彩に似ている。

 シュンイチは、ミヅキには、あまり自分の過去を言っていない。ただ、ミヅキは、どうやら、いつもの調子ではないらしい。

 ただ、今日は、これから、地下鉄浅草線の五反田駅の近所のスーパーマーケットで、みそ汁の街頭宣伝をする予定だ。それも、ミヅキと、と思った。

 シュンイチとミヅキが、宣伝担当になっていた。

 そして、このまま、「今日は、どうしたのかな?」とシュンイチは、思った。何だろう?身体の調子が、どこか悪いのか?とシュンイチは、思った。まさか、この期に及んで、「風邪を引いた」とかじゃないだろうか、と疑った。

「モリシタ先輩」

「はい」

「今日、頑張ってください」

「何が?いや、今日は、五反田のショッピングモールカドカワで、街頭宣伝だろう」

「いや、違うんです」

「何が?」

「今日、さっき、部長から聞かされたのですけど」

「はい」

「今日、五反田のスーパーマーケットの街頭宣伝に、ケーブルテレビSAWAYAKA、が、来るそうです」

「ええ?」

「私、テレビ取材なんて苦手だし」

 とミヅキは、言った。

 シュンイチは、目の前の30歳の女性の社員、ミヅキが、こんなに顔色を悪くして、今にも涙目になっているように感じた。

 そして、五反田駅の近所のスーパーマーケットに、シュンイチとミヅキは、向かった。

 会社の法被を着て、机の上に、みそ汁の商品を並べて、開店してから、確かに、1時間してからテレビ局の人が、二人やって来た。カメラマンとレポーターが。二人とも男性だった。

 シュンイチは、おばあさんとニコニコしゃべっていたが、ミヅキは、緊張して、顔が強張っていたらしい。そして、カメラマンとレポーターは、そんな接客を頑張っているシュンイチに、少しだけ取材をした。シュンイチは、ニコニコしながら話はできていた。やはり、シュンイチは、演劇をしていて、多少は、テレビカメラなんて慣れていたから。

 一方、ミヅキは、普段は、シュンイチを小ばかにしていたが、「あんなにテレビカメラの前で、話ができない」と思って、見直したらしい。

 その日、ミヅキは、シュンイチに「今日は、ご飯を食べに行かない?」と言った。

その2週間後には、テレビ局から映像が流れた。ミヅキは、スマホの動画を観ていたら、シュンイチが、割と初めてテレビに出た割には、堂々としていて、反対に、ミヅキは、いつも軽口をたたいていたのが、恥ずかしくなった。それから暫くしてから、彼らは、付き合いが始まったそうだ。<完>

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