妹の彼が好きな人はおデブのお姉さんだった ~本当の事を伝えたくて~

 穏やかな午後を過ごしている愛良。
 あまり食欲もなく病院の食事は想像より美味しいが、昼食は全部食べることができなかった。

 シップを張り替えてもらい痛みがひどい時は痛み止めをと処方されているが、とりあえず横になっていれば痛みは軽減する。
 寝てばかりだと余計に太ってしまうかも? と愛良は思っていた。


 樫木法律事務所に派遣されて2週間と少し。色々ありすぎて、もう随分と長い時間いるような気がする。

 
 コンコン。
 ノックの音にウトウトしていた愛良はハッと目を覚ました。

「失礼します」

 静かにドアを開けて入って来たのは白髪の混じった上品な紳士だった。
 シルバーのブランドスーツに身を包んで紺色のネクタイ姿は、どこかの社長のような雰囲気を思わせる。スラっとした長身で、立って姿も姿勢がよく顔立ちは渋く彫が深いが、見つめてくる眼差しはとても優しい。


 愛良はその者を見るとそっと視線を反らした。

「愛良…」
 愛良の名前を呼びながら歩み寄って来た紳士。
「…言いたいことは分かっています。…でも、まだ引き下がる事はできません…」
 ギュッと唇をかみしめた愛良。
「まったくお前は…」
 愛良に歩み寄ると紳士はそっと抱きしめた。
「…その頑固さは、愛斗(まなと)とそっくりだ。そして、私ともよく似ている」

 優しく愛良の頭を撫でる紳士。

 この紳士は愛良の叔父・末森優斗。
 銀行頭取であり末森財閥の党首である。総有市では名の通る財閥の一員だ。
 愛良の父・愛斗の双子の弟で。ずっと愛良の事を支えてきた。

「愛良。お前の気持ちはよく判るが、このまま彼の傍にいると次に狙われるのはきっと彼だよ」
「はい。十分承知しています。その時は、私が守ります」
「何を言っている。またお前が危険な目にあったらどうする! 次は、この程度では済まないだろ? 」
「でも…まだ何もわかっていませんから」
「真実を知る手段は他にもある。あの金澤美和が動き出してしまった以上、このまま彼の傍にいてはいけない」

 何も言えなくなり愛良は黙っていた。

「お前がいなくても、彼の事は必ず守る。だから、ここは一旦引き下がるんだ。」
「…はい…」

 小さく答えた愛良。

 そっと体を離した優斗は、愛しい目で愛良を見つめた。
「愛良。真相は何も分からないと言ったね? 」
「はい」
「真相は分からない。だが、もう答えはお前の中で分かっているのではないか? 彼が、愛香を本当に突き落として殺害したのかどうか。お前には分かっていると思うよ」

 答えなんてきっと…。

(末森さんには、俺の秘書をお願いします)
 そう言って全速力で走ってきてくれた幸太。
 その時の愛良は妹が故意に突き落とされた事が悔しくて、誰かに怒りを向け憎しみを糧に生きていた。幸太が最後に一緒にいた。だから可能性が高い。金澤美和と交際していたようなら、邪魔になった愛香を突き落として殺すことも考える。そう思っていた。

(美味しそうなお弁当)
 そう言って突然お弁当を盗んでいった幸太。
 次の日も…その次の日も…。

(彼女は俺の秘書です。失礼な事は言わないで下さい)
 冷静な言葉だったが幸太は本気で愛良を庇ってくれた。

 金澤美和が嫌がらせを仕掛けてきて、デスクとパソコンを破壊された日も、まるで気分転換のように外出に連れ出してくれた。
 戻ってきたらデスクも椅子もパソコンも全て新しくなっていた。

(これ、使ってください…)
 頬を赤くして紙袋を渡してきた幸太。

 どの彼を見ていてもとても愛香を殺害しようとするような人には見えない。優しくて、不器用で…どこか寂しさを隠しているようで。…彼は愛香を突き落としたりしていない…。

(実は俺、この交差点で事故にあい、その時の怪我で一時的に失明していました)
 彼はそう言った。

 失明していた彼に愛を突き落とすことはできない。
 そう…私の勝手な思い込みだっただけ…。

「…その通りです。分かっています…彼はそんな人じゃないって。…ただ、私は誰かに憎しみを向けなければ生きていられなかっただけです…」
 そう答えた愛良。
「そうか。そこに気が付くことができれば、もういいだろう? 」
「はい…」
 小さく答えた愛良を優斗はそっと慰めた。

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