妹の彼が好きな人はおデブのお姉さんだった ~本当の事を伝えたくて~
伝えたい最後の言葉

 夕方定時になり幸太は仕事を終えて愛良の元へ向かった。

 
 
 病院に着くと愛良は夕食を終えたばかりだった。

「遅い時間にごめんなさい。具合が気になりましたので…」
「いいえ、もう大丈夫ですから。お気になさらず」

 幸太はベット脇の椅子に座った。

「あの…少しお話があるのですが」
「はい。なんでしょうか? 」

 幸太は愛良を見つめながらも何かを言いたいのに上手く言葉が出ないのか、口元でごにょごにょとしていた。
 そんな幸太を見ていると愛良は、もしかして辞めてくれといいたいのだろうか? と勘ぐってしまった。だが、以前幸太は「辞めないで下さい」と言っていた。「末森さんが戻ってきたら働きやすい環境にしておきます」とも言っていた。
 何をそんなに迷っているのだろうか?

 小さく呼吸を整えた幸太は、ちょっと緊張した面持ちで幸太は愛良を見つめた。
「俺…俺じゃないです…」
 そう言った幸太の目が少し潤んでいた。
 その目を見ると愛良はズキンと胸を打たれるような気がした。
「…彼女を…。愛香さんを歩道橋から突き落としたのは、俺じゃありません」
 やっとの思いで言葉にできた幸太の頬には涙が伝っていた。
 その涙を見ると愛良の目も潤んできて、自然と頬に涙が伝って来たのを感じた。
「ごめんなさい…」
 スッと頭を下げた幸太。
「どうして謝るのですか? あなたが突き落したのではないなら、謝る事はないと思います。頭を上げて下さい」
「…俺が…目が見えていれば、彼女を助ける事が出来たのにそれができなくて…ずっと後悔していました…」
 頭を下げたままい幸太が言った。
「もういいですから、頭を上げて下さい」

 言われてゆっくりと頭を上げた幸太。
 ズルっと鼻をすする音が聞こえた。
 俯き加減で涙をぬぐったその姿を見ていると、彼の悔しさが伝わってくる。きっと、愛香の傍にいて何もできなかったことをずっと後悔していたのだろう。愛良がずっと幸太が突き落としたと思い込み憎しみを抱いていたと同じように幸太は悔やみ続けていたのだ。
 
「所長も苦しんでいたのですね。愛香を助けられなくて…自分が無力だったと…」
「…はい…。でも、末森さんに比べたら俺は…」
「もういいです。私は…たった一人の妹を失った悲しみを誰かのせいにしたかっただけなのですから」
「それは違います。誰だって、あんな形で身内を失えば最後まで一緒にいた人を疑います。俺が逆の立場だったら、同じ事を思っていたと思います」
「そうですね…」
「末森さんが事務所に来てくれて。もっと早く伝えようと思っていたのですが、タイミングがつかめなかったのです。このままだときっと、この先もずっと言えないままで過ぎてしまうと思って」
「分かりました。もう十分です」

 少しだけ幸太の表情が和らいだ。
 愛良の表情も前より穏やかになったように見えた。

「もう一つ伝えたいことがあります」
「伝えたいこと? 」
「はい…」

 何を伝えたいのだろう? 愛良はきょんとして幸太を見ていた。
 
 幸太は熱い目をして愛良を見つめてきた。そして、そっと手を握って来た。

 愛良の手を覆い尽くすように握ってくれる幸太の手はとても暖かく、それでいて優しい…不器用でまだどこか子供っぽい所もあるが、この手の温もりはずっと握っていてほしくなる…。愛香はこの手にいつも触れていたのだろうか? 
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