あなたと共に見る夢は〜俺様トップモデルの甘くみだらな包囲網〜
マネージャー
高級スーパーで当面の食料品を買い込み、地図アプリで確認しながらとある駅前のタワーマンションに到着した莉帆は、何度も部屋番号を確認してからインターフォンを鳴らす。
「はい」
すぐに低くてぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「お疲れ様です。私、ユニバース エージェンシーの…」
「ストップ。誰かに聞かれる。中に入って」
「は?あ、はい」
ガチャッと通話が切れ、莉帆は大理石のホテルのロビーのようなエントランスに足を踏み入れる。
自動ドアが2枚並んでいて、片方は全く反応しないが、もう片方は近づいただけでスッと開いた。
正面に見えるエレベーターに乗ると、行き先の階数ボタンは20階から上しか表示がない。
(高層階専用のエレベーターか…)
心の中で呟きながら、最上階の30のボタンを押す。
音もなくシンと静まり返ったままのエレベーターに、本当にちゃんと上がってるのかと疑いたくなった時、ポンと軽い音と共に扉が開いた。
廊下に敷き詰められたネイビーの絨毯は足音を吸収し、両サイドには高級そうな絵画や壺が飾られている。
(3005号室、ここね)
大きく深呼吸してから、門扉の横のインターフォンを押す。
(マンションなのに門とポーチがあるなんて。すごいなあ)
感心しているとインターフォンに応答がないまま、いきなり玄関のドアがガチャッと開いた。
「入って」
姿はなく、低い声だけが聞こえてくる。
「はい、失礼いたします」
莉帆は門を開けて入ると、少し開いたままの玄関ドアから中に身を滑らせた。
すぐにドアを閉めて鍵をかけようと探していると、「オートロック」と短く告げられる。
「あ、そうですよね。はい」
振り向いて莉帆は頭を下げた。
「改めまして、私、ユニバース エージェンシーで事務をしています、入社2年目の…あの!」
スタスタと立ち去って行く背中を呼び止めるが、あっという間に廊下の先のドアの向こうに消えた。
「ちょっと、あの、失礼いたします!」
聞こえるように大きな声で断ってから、莉帆はパンプスを脱いで上がった。
開いたままのドアからそっと中をうかがった瞬間、目の前に広がる綺麗な空に驚いて立ちすくむ。
「すごい…」
もはや展望台にいるとしか思えない美しいパノラマビューに、莉帆は圧倒されて言葉が出てこない。
遠くに目をやると海まで見渡せた。
(ここどこだっけ?あの海、どこの海?)
両手を組んでうっとり見惚れていると「1分」と背後から声がした。
え?と莉帆は振り返る。
「1分突っ立ったまま。怖いから動いて」
「あ、はい!すみません」
莉帆は頭を下げると、ダイニングテーブルの席に座ってスマートフォンをいじっている禅に説明を始めた。
「あの、社長から連絡があったかと思いますが、しばらくは私がマネージャーを務めさせていただくことになりました。至らぬことばかりかと思いますが、なにぶん緊急事態ですので、ご理解いただければと思います」
「聞いてる。俺は別にやることは変わらない。仕事の変更点だけ教えて」
「かしこまりました。ひとまず本日と明日は完全オフとなりました。明後日以降もできる限りリスケします」
「なんで?」
「それは、その…。明日週刊誌の記事が出れば、マスコミが殺到して追いかけられますから」
「俺は何もしてないんだから、放っておけばいいんじゃない?」
莉帆は深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。弊社の社員の不祥事で大変なご迷惑をおかけいたします」
「あんたが謝ることじゃないだろ?あの人、いつかこうなると思ってたし」
え…と莉帆は呟く。
禅はスマートフォンをポンと無造作にテーブルに置くと、顔を上げた。
「何年も前からだよ。俺がちょっと売れ始めた頃から。現場で直接俺が仕事を打診されるようになったら、横からあの人が声をかけるんだ。詳しくはマネージャーのわたくしが承ります、とかにっこり笑ってさ。んで、こそこそと連絡先を交換する。しかも見た目のいい女ばかり。相手が男だと近寄っても来ない。露骨だよな。俺をさっさとうちまで送り届けると、そそくさと車で去って行く。よろしくやってんだろうなって見送ってた。しかも相手に断られると、イラついて俺に八つ当たりしてくるし」
莉帆は信じられない思いでうつむいたまま身を固くする。
「そのうちに俺の耳にも入って来たよ。『禅と仕事がしたければマネージャーと寝るしかない』ってな。あまりに事態が酷くなったから、一度だけ話したんだ。バレたらどうなるか分かってるんですか?って。そしたら、バレないように上手くやってるから気にするなって、悪びれもせず。彼女もいるっていうのに、サイテーだなって呆れてた」
涙が込み上げてくる。
だが莉帆は懸命に唇を噛んでこらえていた。
「さっき社長から電話で週刊誌の記事が出るって聞いた時は、そりゃそうだろうなって思ったよ。ずっと前から事実は掴んでたはずだ。出すなら今だろうなって。俺のパリコレ出演が失敗に終わり、モデル生命も絶たれれば、また記事が飛ぶように売れるんだろうな。今頃ホクホクしてんだろうね、出版社は」
「申し訳ありません!本当になんてお詫びをしていいのか。こんな大切な時期に、あなたを支えるはずのマネージャーが足を引っ張るだなんて。あなたのイメージが悪くなれば全て会社の責任です。申し訳ありません」
土下座でもしそうな勢いの莉帆に、禅はため息をつく。
「あんたが俺に謝ったってどうにもならない。今さら時間は戻せないし、数時間もすれば明日発売の記事としてネットで広がる。あんたが今やるべきことは、俺に頭を下げることじゃない。もっと建設的な事をしろ」
「はい、承知しました。すぐにスケジュール確認や対応を検討いたします」
「その前に、腹減った」
「あ!はい、かしこまりました。今お食事を作ります。キッチンをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
莉帆はぱたぱたとキッチンに向かうと、引き出しを開けて調理器具を確認する。
買ってきた食材を取り出し、料理を始めた莉帆の後ろ姿を、禅はじっと見つめていた。
「はい」
すぐに低くてぶっきらぼうな声が聞こえてきた。
「お疲れ様です。私、ユニバース エージェンシーの…」
「ストップ。誰かに聞かれる。中に入って」
「は?あ、はい」
ガチャッと通話が切れ、莉帆は大理石のホテルのロビーのようなエントランスに足を踏み入れる。
自動ドアが2枚並んでいて、片方は全く反応しないが、もう片方は近づいただけでスッと開いた。
正面に見えるエレベーターに乗ると、行き先の階数ボタンは20階から上しか表示がない。
(高層階専用のエレベーターか…)
心の中で呟きながら、最上階の30のボタンを押す。
音もなくシンと静まり返ったままのエレベーターに、本当にちゃんと上がってるのかと疑いたくなった時、ポンと軽い音と共に扉が開いた。
廊下に敷き詰められたネイビーの絨毯は足音を吸収し、両サイドには高級そうな絵画や壺が飾られている。
(3005号室、ここね)
大きく深呼吸してから、門扉の横のインターフォンを押す。
(マンションなのに門とポーチがあるなんて。すごいなあ)
感心しているとインターフォンに応答がないまま、いきなり玄関のドアがガチャッと開いた。
「入って」
姿はなく、低い声だけが聞こえてくる。
「はい、失礼いたします」
莉帆は門を開けて入ると、少し開いたままの玄関ドアから中に身を滑らせた。
すぐにドアを閉めて鍵をかけようと探していると、「オートロック」と短く告げられる。
「あ、そうですよね。はい」
振り向いて莉帆は頭を下げた。
「改めまして、私、ユニバース エージェンシーで事務をしています、入社2年目の…あの!」
スタスタと立ち去って行く背中を呼び止めるが、あっという間に廊下の先のドアの向こうに消えた。
「ちょっと、あの、失礼いたします!」
聞こえるように大きな声で断ってから、莉帆はパンプスを脱いで上がった。
開いたままのドアからそっと中をうかがった瞬間、目の前に広がる綺麗な空に驚いて立ちすくむ。
「すごい…」
もはや展望台にいるとしか思えない美しいパノラマビューに、莉帆は圧倒されて言葉が出てこない。
遠くに目をやると海まで見渡せた。
(ここどこだっけ?あの海、どこの海?)
両手を組んでうっとり見惚れていると「1分」と背後から声がした。
え?と莉帆は振り返る。
「1分突っ立ったまま。怖いから動いて」
「あ、はい!すみません」
莉帆は頭を下げると、ダイニングテーブルの席に座ってスマートフォンをいじっている禅に説明を始めた。
「あの、社長から連絡があったかと思いますが、しばらくは私がマネージャーを務めさせていただくことになりました。至らぬことばかりかと思いますが、なにぶん緊急事態ですので、ご理解いただければと思います」
「聞いてる。俺は別にやることは変わらない。仕事の変更点だけ教えて」
「かしこまりました。ひとまず本日と明日は完全オフとなりました。明後日以降もできる限りリスケします」
「なんで?」
「それは、その…。明日週刊誌の記事が出れば、マスコミが殺到して追いかけられますから」
「俺は何もしてないんだから、放っておけばいいんじゃない?」
莉帆は深々と頭を下げる。
「申し訳ありません。弊社の社員の不祥事で大変なご迷惑をおかけいたします」
「あんたが謝ることじゃないだろ?あの人、いつかこうなると思ってたし」
え…と莉帆は呟く。
禅はスマートフォンをポンと無造作にテーブルに置くと、顔を上げた。
「何年も前からだよ。俺がちょっと売れ始めた頃から。現場で直接俺が仕事を打診されるようになったら、横からあの人が声をかけるんだ。詳しくはマネージャーのわたくしが承ります、とかにっこり笑ってさ。んで、こそこそと連絡先を交換する。しかも見た目のいい女ばかり。相手が男だと近寄っても来ない。露骨だよな。俺をさっさとうちまで送り届けると、そそくさと車で去って行く。よろしくやってんだろうなって見送ってた。しかも相手に断られると、イラついて俺に八つ当たりしてくるし」
莉帆は信じられない思いでうつむいたまま身を固くする。
「そのうちに俺の耳にも入って来たよ。『禅と仕事がしたければマネージャーと寝るしかない』ってな。あまりに事態が酷くなったから、一度だけ話したんだ。バレたらどうなるか分かってるんですか?って。そしたら、バレないように上手くやってるから気にするなって、悪びれもせず。彼女もいるっていうのに、サイテーだなって呆れてた」
涙が込み上げてくる。
だが莉帆は懸命に唇を噛んでこらえていた。
「さっき社長から電話で週刊誌の記事が出るって聞いた時は、そりゃそうだろうなって思ったよ。ずっと前から事実は掴んでたはずだ。出すなら今だろうなって。俺のパリコレ出演が失敗に終わり、モデル生命も絶たれれば、また記事が飛ぶように売れるんだろうな。今頃ホクホクしてんだろうね、出版社は」
「申し訳ありません!本当になんてお詫びをしていいのか。こんな大切な時期に、あなたを支えるはずのマネージャーが足を引っ張るだなんて。あなたのイメージが悪くなれば全て会社の責任です。申し訳ありません」
土下座でもしそうな勢いの莉帆に、禅はため息をつく。
「あんたが俺に謝ったってどうにもならない。今さら時間は戻せないし、数時間もすれば明日発売の記事としてネットで広がる。あんたが今やるべきことは、俺に頭を下げることじゃない。もっと建設的な事をしろ」
「はい、承知しました。すぐにスケジュール確認や対応を検討いたします」
「その前に、腹減った」
「あ!はい、かしこまりました。今お食事を作ります。キッチンをお借りしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「ありがとうございます」
莉帆はぱたぱたとキッチンに向かうと、引き出しを開けて調理器具を確認する。
買ってきた食材を取り出し、料理を始めた莉帆の後ろ姿を、禅はじっと見つめていた。