あなたと共に見る夢は〜俺様トップモデルの甘くみだらな包囲網〜
渡仏
いよいよ渡仏の日が迫ってきた。

莉帆はパソコンをローテーブルに広げて、最終確認を念入りに行う。

番組ディレクターやフランスのコーディネーターとのやり取りも終え、パリのモデル事務所への再確認のメールもOK。

あとは岡部のパソコン内の書類やメールを、自分のパソコンに全て転送できたかチェックしていく。

「莉帆、お疲れ。コーヒー飲む?」
「あ、はい。いただきます」
「ん、ソファにいて」

禅はカップを2つ持ってソファにやって来た。

「はいよ」
「ありがとう」

並んでコーヒーを飲みながら、ふと莉帆は岡部のパソコンに目をやった。

先日の、源さんの言葉が蘇る。

10年近くもの間、苦楽を共にし、信頼していた岡部に対して、禅はあの時どんな気持ちだったのだろう?

「いつかこうなると思ってたし」

そう言って割り切っているように見えた。

(でもそんなはずない。だって10年もずっと一緒にいた人なんだもの)

うつむいてじっと考え込んでいると、禅が「莉帆?どうかしたか?」と心配そうに声をかけてくる。

「あの、禅」
「ん?どした?」
「うん、あの。禅は気持ちのやり場があったの?あの時」

あの時?と首をひねった禅は、莉帆の視線を追って岡部のパソコンに気づいた。

またこの話をしていいものか、とためらいつつ、禅は口を開く。

「俺の場合は、徐々に心が冷えていったから。青天の霹靂だった莉帆とは違うよ」
「でもショックを受けなかったはずない。だって10年でしょう?デビューして、少しずつお仕事も増えて、その度に一緒に喜んだんでしょう?それなのに…」

辛そうにうつむく莉帆の顔を、禅は焦って覗き込む。

「バカ!なんでお前がそんな顔するんだよ?」
「だって私、あの時自分のことと仕事のことで頭が一杯で、禅の気持ちに気づけなかったから」
「当たり前だろ?お前こそ、俺の何倍もショック受けたんだ。しかもいきなりな」
「だけど私は、禅に優しくなぐさめてもらったから」

その言葉に、禅はウグッと言葉を詰まらせる。

(それはもしや、あの夜抱いたことか?あんな、半分脅し文句みたいなこと言ったのに。それをそうなふうに、綺麗な出来事みたいに受け取られるとは…)

自分の心が薄汚れて見え、禅はうなだれる。

「莉帆。正直に言うと、俺もあの時莉帆になぐさめてもらったんだと思う。ごめん。でもこれだけは信じて欲しい。莉帆のこと、軽い気持ちで抱いたことはない。あの日も。だからもう少しだけ時間をくれる?ちゃんと言葉にして伝えるから」

莉帆は驚いたように顔を上げる。

「ごめんな、こんな男で」
「ううん、そんなことない。ありがとう、禅。あの時私のそばで、私の心を救ってくれて」
「いや、だから。そんなに美化しないでくれ」
「してないよ、本当に癒やされたの。まあ、確かにはたから見れば、軽い流れに見えると思うけど。でも私はあの夜、禅の優しい気持ちを感じて嬉しかったの」
「莉帆、頼む。それ以上言わないでくれ。俺の心がどんどん小さくなる」

小声で身を縮こまらせる禅を、莉帆は「えー、どうして?」と小首を傾げて下から見上げてきた。

「うわあ!ヤバい、可愛い。だめだ、いかん」

怯えたように後ずさる禅に、莉帆はますます首をひねる。

「変なの。いつもの俺様な禅はどこ行っちゃったの?やっぱり禅、二重人格だね」
「いや、その…。俺なんか、気持ちの薄汚れた、器の小さい男ですよ」
「あはは!まさか禅の口からそんなセリフが出るなんて。どうしちゃったの?ホントに」

莉帆は無邪気に笑い続ける。

(確かに。どうしたんだ、俺?莉帆といると、どんどん調子が狂う)

けれどそれは決して嫌なことではなく、むしろ嬉しいことで…

「莉帆。俺は必ず莉帆を大切にする。ちゃんと自分の気持ちを言葉で伝えるから、もう少しだけ待っててくれる?他の男のところには行かないで」

莉帆はにっこり微笑んで頷いた。

「うん、分かった。誰のところにも行かないよ。ちゃんと待ってるから、それまで禅のそばにいさせてくれる?」
「ああ、もちろん。ずっと俺のそばにいて欲しい」
「ありがとう、禅」
「俺の方こそ。ありがとう、莉帆。必ず結果を残してみせる。絶対にこの手で掴み取ってやるから、俺から目を逸らすなよ?」
「ふふっ、分かった。やっと戻ってきたね、オラオラの禅様が」
「は?またお前は変なあだ名つけるんだから」

顔をしかめる禅に、莉帆は楽しそうに笑い出した。

その様子に呆れていた禅は、やがて切なげな表情で莉帆を見つめる。

「禅?」

小さく呟いて顔を上げる莉帆を抱き寄せ、禅は優しくキスをした。
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