カフェで働く先輩に、甘く囚われました。
「……………………っ」
 もう認めるしかない。

 ――囚われた。この人に。

 一歳年上の、アルバイト仲間。先輩と後輩。ただの知人。
 築いた垣根を越えて、古里先輩が侵入してくる。
 彼はその魅力的な笑顔で以て、私の心を奪い去るつもりだ。根こそぎ。何もかも。
 トマトのように赤くなった私の顔を見て、古里先輩が楽しそうに笑う。

「もうとっくに気づいていたと思うんだけど」
 古里先輩は私の手を取り直して立ち上がり、一歩距離を詰め、決定打を口にした。

「僕は並川さんのことが好きだよ」

「…………はい」
 私は壊れた自動人形のような動きで、首を縦に振った。

 彼の言う通り、私はとうに気づいていた。
 嫌いな子に、あんなに優しく笑いかけるわけがないのだから。
 そして自分の感情にも気づいていたから蓋をした。
 彼女がいるかもしれない、その可能性に怯えて、傷つかないように鍵をかけて心の奥深くにしまい込んだ。
 ――でも。

「並川さんは僕のこと、どう思ってる?」

「私は……」
 改めて思う。彼はずるい人だ。
 全部わかっているならとうに気づいていたはずなのに。
 私がどう答えるかもわかっているだろうに。
 それでも、言葉にしなければ伝わらないことだってあるし、きちんと声に出して聞きたいことだってある。

 私がその言葉を聞いて、飛び上がりたいくらいに嬉しかったように、古里先輩だってその言葉を聞きたがっている。
 これまでの関係を打ち砕く、魔法の言葉を。
 掴まれた手が、真剣な瞳が、私の言葉を待っている。

「私も……」
 体中の血液が沸騰しそうな熱を感じながら、勇気を振り絞り、真正面からその目を見返す。

「古里先輩のことが、好きです」
 緊張に震えた声で、それでもはっきりそう言うと、古里先輩はとても嬉しそうに笑った。

 いま私は世界で一番幸せだ。

 私は心から思い、はにかみながら笑い返した。
 囚われた手に力を入れて、古里先輩の手を握る。
 古里先輩もすぐに応じて手の位置を変え、繋ぎ直してきた。

 互いに交換する体温。

 古里先輩がバイトを辞めてしまうことを、違う高校に通う彼との唯一の接点が失われることを嘆かなくてもいいと、繋いだ手の感触が教えてくれた。
 プライベートで彼と交流する特別な権利を、私は手に入れたのだから。

 《END.》
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