まがりかどは、秋の色
「石井さんー! 石井さんは、ねずみって言ったらなんですか」

「なんですかなんですか、どうしました?」

「子どもたちに今日は何の本か聞かれたんですね。『今日はねずみの本だよ』って言ったら、夢の国? って言われて。もう大ショックで」

「ねずみの本なら、わたしは押し入れに行きたくなりますね」

「押し入れかあ、ぼくはチョッキなんですよね」

「チョッキもいいですねえ。わたし、祖母がマフラーを編んでくれたことがあって、すんごく共感して読んでました。祖母と電話で話してるのに、あ、り、が、と、うって区切ってお礼したりして」

「微笑ましいそれ。丘のてっぺんに登る気持ちでね?」

「そうそう! 電話を抱えて、ちょっと背伸びしてたんです」


かわいい、とくしゃっと笑った拍子に、いつもは姿勢のいい本多さんの背中が少し丸まった。穏やかな笑い方だ。


「小さい頃は、よくお話の真似をしてたんですよ。お姫さまが髪を百回とかすお話を読んだときは、わたしも百回とかして寝たし」

「髪にリボン巻いてたし?」

「そうですね」


よく覚えてるなあ。


「魔法使いのお話で、トマトときゅうりと包丁をまな板にのせると魔法で勝手に切ってくれる場面を読んだときは、包丁とトマトときゅうりをまな板にのせてみたし」

「切ってくれました?」

「切ってくれないし、危ないでしょって両親に怒られました」

「包丁はちょっとねえ、親御さんは心配しちゃいますね」

「ほんとは違うって分かってても信じてみたくなるような、かわいい子どもだったんですよ」


ふふ、と控えめに噴き出された。


「今もかわいいから大丈夫ですよ」

「はい!?」


笑うなんてひどい、と言おうとしたのに、予想外の返事にびっくりしすぎて言い逃した。


「黒いワンピースに黒猫を合わせるのはかわいいでしょ」

「……そうかも。そうかなあ?」

「そうだよ」

「そうかなあ……」


うーん。うまくごまかされてしまって、突然の褒め言葉? の理由にはなっていない気がする。うーん。
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