まがりかどは、秋の色
「子どもは匂いが苦手な子が多いから、文庫がある日はつけないように気をつけてて。今日は店に行かないから、軽くつけたつもりだったんだけど……」
「あれ、今日はお店に行かないんですか?」
「今日は午後の講義が後ろに詰まってて。大学が終わった後だと、一瞬顔出して終わりになっちゃいそうだから、休みのつもりだったんだよね」
「そうなんだ。お疲れさまです」
「ありがとうございます。……ほんとに臭くない?」
「ほんとに全然臭くない。いい匂い。変なこと聞いてごめん」
「変じゃないよ。いい匂いって言ってくれて安心した、ありがとう。臭くないならよかった」
ほっとした様子で缶コーヒーを傾けた本多さんと、他愛もない話を続けた。
ときおり語尾が崩れたり、丁寧になったり、一人称が崩れたり、元に戻ったりを繰り返しながら、少しずつ。
多分、お互いに距離を詰めかねていた。
わたしたちは、店員と客で、お互いに好きなものを知っている。
読んだことのある本がかぶっていることも、本の扱い方も、うつくしいあの場所も、子どもへの接し方も、知っている。
伏せた長いまつ毛が、柔らかくオレンジに染まること。
短く整えられた爪。
さらさらの髪。ゆるく波打つ前髪。
初めて知った、好きな香り。金木犀。
知っていることと知らないことが明確で、タメ口にするには難しく、敬語を貫くには場所と服装が気を抜かせる。
「あれ、今日はお店に行かないんですか?」
「今日は午後の講義が後ろに詰まってて。大学が終わった後だと、一瞬顔出して終わりになっちゃいそうだから、休みのつもりだったんだよね」
「そうなんだ。お疲れさまです」
「ありがとうございます。……ほんとに臭くない?」
「ほんとに全然臭くない。いい匂い。変なこと聞いてごめん」
「変じゃないよ。いい匂いって言ってくれて安心した、ありがとう。臭くないならよかった」
ほっとした様子で缶コーヒーを傾けた本多さんと、他愛もない話を続けた。
ときおり語尾が崩れたり、丁寧になったり、一人称が崩れたり、元に戻ったりを繰り返しながら、少しずつ。
多分、お互いに距離を詰めかねていた。
わたしたちは、店員と客で、お互いに好きなものを知っている。
読んだことのある本がかぶっていることも、本の扱い方も、うつくしいあの場所も、子どもへの接し方も、知っている。
伏せた長いまつ毛が、柔らかくオレンジに染まること。
短く整えられた爪。
さらさらの髪。ゆるく波打つ前髪。
初めて知った、好きな香り。金木犀。
知っていることと知らないことが明確で、タメ口にするには難しく、敬語を貫くには場所と服装が気を抜かせる。