まがりかどは、秋の色
「ごちそうさまでした。わたし、お盆返してくるね」

「はーい。じゃあ俺、荷物見とくから、よければ置いてって」

「ありがとう」


お言葉に甘えてお盆だけ持つ。食器を返したりゴミを捨てたりして戻ってくると、本多さんが缶をあおって中のコーヒーを飲み干したところだった。


「おかえり」

「ただいま。荷物ありがとうございます」

「いえいえ」

「そろそろ時間?」

「ん。講義始まるから、そろそろ行ってきます。おしゃべりに付き合ってくれてありがとう」

「こちらこそ。じゃあわたしも移動しようかな」


なんとなく途中まで一緒に移動する道すがら、本多さんが鞄を探っている。


「石井さん、金木犀の香りって好き?」

「うん、カレーうどんを食べてる最中に気づくくらいには好き」

「めちゃくちゃ好きだな、それは」


爆笑された。好きなのは事実なので否定できない。


「じゃあこれ、お裾分け」


手、出して。


素直に出した両手に少し笑って、腕時計をつけていない右腕にシュッと一吹き、霧がきらめいた。


「一時間くらいで消えると思うけど、苦手だったらごめんね。そしたら石鹸でよく洗うとマシになるから」

「えっ、いや、え?」


追いつかない思考の隅で、金木犀が好きなことも、お裾分けが嫌じゃないことも、講義頑張ってねも伝えなきゃと思った。

そして、思った瞬間、思いついた順に全部口に出していた。


「ありがとうございます。おかげで頑張れそう」

「こちらこそありがとう」

「じゃあお疲れ、気をつけてね」

「本多さんもお疲れさま。気をつけてね。また!」

「はーい、また店でね〜」


また明日、は言えなくて短く削った言葉に、指先だけで緩く振られた片手が遠い。


こちらも手を振り返すと、つけてもらったばかりのお裾分け──金木犀が香った。
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