まがりかどは、秋の色

4

「あああ、本の名前ど忘れしました。なんだっけなんだっけ」

「ルンペルシュティルツヒェンですか?」

「ううーん、残念ながらぜーったい違います」


渋い顔で訂正したのに、ルンペルシュティルツヒェン、ルンペルシュティルツヒェン、と本多さんがいささか調子はずれに歌うものだから、そのたびに笑ってしまって、すっかり本の題名は分からないまま、気持ちとしては満足してしまった。


「有名どころですか?」

「図書館で借りたことがあるのは覚えてます」

「じゃあ多分、うちのどこかにはありますよ。文庫を見て、書店を見て、なかったらうちを探してもらえばどこかにはあります」

「えっ? うち?」

「実家の地下に書庫があるんですよ。入りきらない本がずらーっとあって」

「は、はい。はい……?」


それは、あるでしょう。本多さんのおうちならあるでしょうね。文庫だけでは置き場所が少なすぎるもの。

ご家族が代々本好きなら、なおさら。


「もしどうしても思いつかなかったら、参考までにどうぞ」

「ありがとうございます……?」


ありがたいとは思う。でもあの、家に〇〇あるから見に来てよ。みたいなお誘いに思えてしまって。


……うちに書庫があるよって言われること、ある?


「あ〜、本気にしてないでしょ」

「戸惑っています」


書庫かあ、って羨ましい気持ちもある。わたしも量を気にせずに買いたい。


「いやもちろん、探すのが嫌じゃなければですよ。でもほら、分からないまんまモヤモヤするのって気になるじゃないですか」

「その通りだし、探すのは全然嫌じゃないですし、とってもありがたいんですけど、ええと……」


ご実家にお邪魔する勇気は出ません。

だって、取り寄せというか、ご自宅からまがりかどさんに持って来てもらうサービスはあるけれど、直接伺うなんて聞いたことがない。


「誰にでも言うわけじゃないですよ。本の扱いが丁寧だなーって人にだけです」


家族からも、この人ならいいかなって思ったら呼んでいいって言われてるので。
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