まがりかどは、秋の色
子どもたちから、読み聞かせをいくらせがまれても平気な尚の声が、少しだけ掠れている。


きれいな声は、掠れてもきれいだ。だんだんと尻すぼみになり、語尾が吐息に混ざって、淡く消えた。


賑やかな店内では喧騒に負けてしまいそうなほど硬く、正面にいるわたしだけにしか聞こえないくらい、小さな声だった。


……尚の敬語を、随分久しぶりに聞いた。それくらい、わたしたちの距離は変わった。

本多さんと石井さんでなくなった時点で、少なくとも、もう、ただの店員と客ではない。

 
展覧会の会場はいろいろを乗り継がないと行けない場所で、一日がかりの遠出になると思われた。

もしかしたら、泊まりがけで行った方が、作品をじっくり見て回れるくらい。


近くの書店に選書に行くならまだしも、そんなふうに出かけるのは、店員と客ではない。

ただの友達の距離でも、多分ない……気がする。


もちろん、一緒に帰ったり、お出かけしたりしていて、仲良くしているつもり、特別なつもりではいたけれど。


尚は、普段ならもっと、サッと誘う。


自分の行きたい場所が、わたしの行きたい場所と被りそうなときはわたしに声を掛ける。わたしが断りそうなら他の友達と行くか、一人で行く。


こんな顔で、こんな声で、こんな言葉選びで、遊びに誘われたことは、ない。


今わたしはきっと、運命の曲がり角に、立っている。


「一緒に行きたいです」


人のことは言えないくらい、わたしの声も掠れて消え果てそうにかぼそかった。


耳をそばだてるようにして聞き取った尚が、よっしゃ、とほんとうに嬉しそうに言うものだから、思わず笑ってしまって。


伏したまつ毛の先が、あのときと同じオレンジに染まっている。眩しいなあ、と思った。




Fin.
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