可愛いものが好きな先輩は,ちっとも可愛くない。



「そこは抱き締めて,じゃないの?」

「あ,だって」

「……いいよ。これでいい?」



口をすぼめて,許可をくれる。

両手を広げて,私を待っている。

私は一瞬だけその胸に飛び込んで,ぎゅっと抱き締めた。



「僕からもいい? 翠ちゃん……」

「ぅ。ちょっと,なら」



頭がふわふわする。

柔らかくゆっくり,上からぎゅっと抱き締められて。

私の胸がきゅぅぅと鳴った。



「じゃあ,僕,帰るから。また明日」

「はい。お見舞い,ありがとうございました」



机の上にはまだ一口しか食べてないゼリーがある。



「次会ったら,連絡先交換しよーね,翠ちゃん。朝もまた,家の前で待ってるね」

「はい」

「……なんか,別れがたいな」

「……わたしもです」



私が誰かとこんな雰囲気になるなんて,引っ越してくる前は思えなかった。

くるりと回ってもう一度近づいてくる。



「へっ? きゃっっっ」



傾くからだは,抱き締められている証。

本当に一瞬だけで,直ぐに離された。

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