告白

再会

再会

康二は、仕事での責任を任されながらも、心の奥底に抱えていた葛藤が徐々に解消されつつあるのを感じていた。あの受取拒否の手紙から、不思議なことに彼を長い間縛り付けていた感情が少しずつ薄れ、まるで蜘蛛の巣が消えるかのように、束縛から解放された気がした。浩美への執着が消え、心が軽くなったことを実感する中、康二の中には新たな考えが浮かび始めた。それは「退職」という言葉だった。仕事の忙しさが増す中で、彼はかつての抑うつ状態を再び感じるようになっていた。精神科の治療を中断していたが、再度受診することを決意した。診療の結果、医師からは「抑うつ状態」との診断が下り、彼はその診断書を手にした。そして過労を理由に会社を辞める決断を下した。
その後、康二は東京での生活に終止符を打ち、故郷である熊本に戻ることにした。熊本の空気は、長い間感じていなかった安堵と平穏を彼にもたらした。都会の喧騒から離れ、心身ともに休息を取ることができる場所へと戻った彼は、人生の新たな章を開こうとしていた。東京での出来事や、浩美との関係もすべて過去のものとなり、康二は少しずつ未来に目を向ける準備を進めていた。熊本での再出発は、彼にとって自分自身を見つめ直し、新たな人生を歩むための重要なステップとなるだろう。康二は東京での仕事を辞め、2年ぶりに故郷・熊本へと戻った。故郷の空気を吸い込むと、どこか懐かしさと安堵感が彼を包んだ。疲れ果てた心と体を休めるため、まずは精神科を再び訪ねることにした。そこは、かつて彼が治療を受けていた病院であり、多くの記憶が蘇る場所だった。診療室に入ると、そこにいたのは瑠美だった。かつて看護師として康二を支え、彼にとって唯一の心の拠り所だった女性。2年の歳月が流れても、彼女の優しい笑顔は変わっていなかった。
「康二さん、久しぶりですね」と、瑠美は静かに微笑んだ。康二は少し驚きながらも、懐かしさで胸がいっぱいになった。「瑠美…君がまだここにいるとは思わなかったよ。元気そうだね。」
「はい。相変わらずここで働いています。康二さんこそ、お元気ですか?」と瑠美は穏やかな声で返した。
康二は過去の出来事や、東京での生活、そして自分が熊本に戻ってきた理由を少しずつ話し始めた。瑠美は康二の話に耳を傾け、以前と変わらず彼を温かく受け入れた。彼女と話すことで、康二は再び自分の感情に向き合う勇気を持つことができた。
「2年が経ったけど、君との会話が僕にはまだ救いだったんだな」と、康二は静かに告げた。
瑠美はその言葉を聞き、少し驚いた様子だったが、「私も、康二さんのことを忘れていませんでした」と答えた。康二が再会した瑠美は、以前と変わらぬ笑顔で彼を迎えてくれたが、その裏に隠された悲しみを康二は感じ取っていた。しばらく話していると、瑠美がふと静かに語り始めた。
「実は、私…結婚していたんです。」彼女の声は少し震えていた。康二は驚きながらも、黙って彼女の言葉を待った。
「でも…夫は事故で亡くなりました。結婚してからそんなに長い時間は経っていなかったんですけど、突然のことでした。まだ受け入れられない部分もあって…」
彼女の言葉に、康二は深い悲しみを感じ取った。瑠美がずっと背負ってきた重荷を知った彼は、どう言葉をかけていいか一瞬迷ったが、そっと彼女に寄り添った。
「瑠美…本当に大変だったんだな。そんな話をしてくれてありがとう。」
瑠美は少し微笑みながら、「ありがとう、康二さん。ここで働いていることで、少しずつ気持ちに整理をつけられてきたけれど、やっぱり辛いこともまだあるの」と静かに話し続けた。康二は彼女が抱える喪失感を理解し、自分の中にも似たような感情があることを感じていた。二人はそれぞれに痛みを抱えながらも、再び再会し、かつてのようにお互いを支え合うことができるのではないかと、康二は感じ始めていた。
< 8 / 16 >

この作品をシェア

pagetop