白球を天高くかざせ乙女たち!
嫌なわけじゃない。
入学してすぐに野球部に入る予定だった。選手として……。
それというもの、この九家学院高校は昨年まで、九家女子学院高校だったそうで、今年の春から共学になったばかりのため、推薦で入学した僕は入学式で男子生徒が自分だけという異常事態にしばらく呆然としてしまった。
シニア時代はまずまずの成績を残したものの、本気で甲子園を目指すつもりはなく、強豪校の勧誘を断ってこの学院を選んだ。
その理由はきわめて単純明快で、目の前の憧れの女子がこの学校を受けると聞いたからに他ならない。
入学して1週間、自分の存在を完全に消し去ることに成功した僕はクラスの女子たちから空気のように扱われていた。
3年間、穏やかに過ごそうと努力していたのに嵐が向こうからやってきた。
「月様、その子が何か気に障ることでもしました?」
天花寺月さんは隣のクラスに在籍している。
休み時間に入ってきた際、ざわめきが広がったが、すぐに落ち着いた。
しかし、再び僕との意見の対立を不審に思ったのか天花寺さんを慕う女子が声をかけてきた。
「ううん、大丈夫、彼とは同じ中学出身なの」
まずい、他の女子たちの視線が徐々にこちらへ集まり始めている。
彼女はこの学院の序列最高位であり、不興を買ってしまったら学校生活が終わってしまう。
「わかり……ました」
「やったぁ! それなら決まりね、放課後迎えに行くから」
承諾してしまった。
とはいえ、まさか野球部のコーチを務めることになるなんて……。
もともと野球部があったのは知っていた。
だが、中学校の進路室でパンフで確認した際に「野球部」と書いていたが、まさか女子野球部だったなんて思いもしなかった。
うれしい。非常にうれしいが、心配でもある……。
天花寺 月さんは僕にとって、唯一無二のアイドル的存在である。
遠くから静かに温かく見守るのが、ファンの美学だと考えていたのにまさかの急接近で、心臓がまだバクバクしている。
今日か明日、自分が交通事故にでも遭わないかと不安になってきた。